鯉口ちゃん生きる

おかーちゃんの人生はおかーちゃんのもの

9ヶ月になった娘と小説を書いたオタクおかーちゃん

またしばらく家を空けている間(とらのあなの週1定期便を3箱同時に受け取るぐらいの期間)に娘は9ヶ月を迎えた。

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歯は上下各4本の8本生え、薄かった髪の毛も静電気で立つほどにぽわぽわしてきた。体重は横ばいだが顔や身体がシュッとしてきたので身長が伸びているのかもしれない。

動きはますます活発で、家の階段を難なく最上段まで登り切る。つたい歩きは朝飯前、に調子に乗っているのか、最近はきょろきょろしながら手を離してすっころぶということをよくやっている。もうちょい注意深くやった方がいいとおかーちゃんは思うが、散漫なのはおかーちゃんもなのであまり強く言えない。起きている間はとにかく立っているので、土踏まずができて足裏は大分かたくなった。まだつかまり立ちをしない甥っ子の足と比べると明らかにかたく、でも、もう甥っ子のようにふわふわと極上の手触りだったらしい娘のやわらかな足裏を思い出すことはできない。頑強なのが娘の足だ。

物を掴むのはとても上手で、円柱状のものを危なげなく掴んでは手首のスナップを利かせてくるくる回したりしている。その次のステップ「物から手を離す」はまだいまいち理解していない模様。「手を離す」は「おおきく振りかぶってぶん投げる」のみだ。ただ、掴み食べをするお菓子は例外で、煎餅やクッキーなどはむりむり口の中に押し込んでいる。少し前までは手で掴んだ部分が食べられなくて諦めていたが(「まだここにあるでしょ」とおかーちゃんによく言われていた)今は手のひらを広げ、そのまま手のひらで押し込めばいいと学んだようだ。少しずつ入れることはできない。一気にしないとできないのだ。

人見知りは多少はあるが、好奇心と愛想のよさが勝っているのか、誰にでもにこにこ笑いかけている。人見知りが強まるとおかーちゃんにペタッとくっついてはくるものの、くっつきながらニコニコしているのだ。お陰でどこに連れていっても褒められるし喜ばれるので助かっている。

欲求で一番顕著なのは「独占欲」だ。主に2ヶ月下の甥っ子と遊んでいるときに発動される。普段自分を抱っこしてくれるじいじやばあば、おかーちゃんが甥っ子を抱っこすれば「え? ちょっと何してるの? わたしは?」という驚いた顔をし、甥っ子が遊んでいるおもちゃは例え普段興味がないものでも全部奪い取る。全部だ。甥っ子が怒りの声を上げても知らんぷり、じゃあ甥っ子にはこっちね~と新しいおもちゃをあげればそれも奪う。義妹の手前もあるし怒りはするが、面白いのでちょっと見ていたくなる。そんな傍若無人の娘だが、月齢が上の子には普通に負ける。先日、半年上の同級生の子と一緒に遊んだら、耳を掴まれながらも(力は特に入ってない)何もできないでいる娘が新鮮で、これまたちょっと面白くなってしまった。しかし甥っ子と娘と半年上の子、全員同級生になるのだが、これだけ差があるんだな。

 

毎月思うのだが、9ヶ月の赤ん坊は、もうすっかり「人間」という感じだ。月齢の若い子は、なんといかまだ宇宙や別の世界に近い生き物、という感じだったのが、どんどん「こっちの世界」の生き物になっていくような気がする。そして「こっちの世界」の生き物になると、「こっちの世界」のモノ・ヒト・コトの好き嫌いが育っていく、という感覚だ。娘は今、着替えが嫌いで、高い位置の抱っこが嫌い、ショッピングモール内でのベビーカーが嫌いで、お外のベビーカーは大好き。オムツは汚れていても一切気にしていなかったのに最近はうんちをすると「あ! あ!」と教えてくれることがある。そういうときはとても大人しくオムツ替えに応じるので、汚れたオムツが嫌い、きれいなオムツに替えられるのが好き、という気持ちも芽生えているのかもしれない。馴染んだり、馴染まないことに気付いたり、そういうくり返し。

 

さて、またしばらく家を空けていた話だが。

この1ヶ月ほど、娘は片道6時間の車移動を経て初めてのホテル宿泊、ホテル朝食バイキング、結婚式を経験し、そこからさらに6時間の車移動の末におかーちゃんの実家へ再び2週間滞在、そして先週末、1時間半の飛行機旅を終え無事久しぶりのお家に帰宅し、翌日は本当にお久しぶりのおとーちゃんを交えてららぽーとになど出かけた。わずか9カ月にしてすさまじい移動距離だ。縁故ない土地で暮らすとはこういうことなのか……としみじみしつつ、娘はすでに5回飛行機に搭乗した乳児である。幼い頃からこんなに移動していては将来は放浪癖のある女に育つだろうか。それはそれで楽しそうだ。

そんな娘は現在、結構ひどい胃腸炎を患っている。小児科の先生に「どこかで風邪もらっちゃったかなあ」と言われたが先述の通りの旅ガラス生活、思い当たる節が多すぎて逆に見当がつかない。主な症状は激しい下痢と嘔吐で、機嫌が悪く食欲もなくとにかくぐったりしている。回復に務めているのだろうと思うが、あまりにも長く眠っていると「ちゃんと息をしているだろうか……」とこっちも気が気じゃない。起きている間も弱っているからかべったりくっついてくる。最近は自分で動きたいからか抱っこしても押しのけられていたのだが、ここ数日は何かと抱っこを要求してくる。こりゃしょうがない、とめいっぱいベタベタしている次第だ。心配は心配だが、べたべたくっついてくる娘はかわいいのでね。

これまでも下痢になることは何度かあったのだが、機嫌はいいし食欲もあるしよく遊んでいたのでそんなに心配はなかった。それだけ今回が酷いのだろう。当然疲れもあると思う。そういえば実家にいる間よくやっていた歯ぎしりを、帰宅後はしていない。ストレスだったんじゃない? と夫に言われて、まあそうかもな、とおかーちゃんも思った。帰宅した娘は「ここがわたしのお城!」と言わんばかりにのびのびしていたので。早く元気になーれ、そしてまた遊ぼう。

 

という気持ちで娘とべたべたしているオタクおかーちゃんのここ1ヶ月のトピックスは、産後初めて小説を書いたことである。

二次小説だ。産後ハマった初めてのジャンルだ。文字数は2万字に届かないぐらい。産前なら、そうだな、この状態で文字数なら二日で書き上げただろうか。

産後初めて小説を書いたおかーちゃんは、2週間かかった。

2週間の内、最初の2晩で書いた5千字程度を取り敢えずネットに上げた。苦しかったのだ。こんなにも小説を書くということは、脳内から言葉を引っ張り出してくることは、それを飛び石みたいに繋げていくことがこんなにも苦しくて、孤独で、やりきれる気がしなくて、寂しくて、辛くて、不安で、凍えるようなことだっただろうかと思った。上手くやれないもどかしさとか、脳みそが働かない悔しさとか、言語体力の続かない疲労とか、そういうのでいっぱいになった。

それと同時に、自分が書いたものを読んでもらいたくてたまらなかった。

この拙い、完成もしていない、見直しさえしていない、敢えて言うならば産前に書いたものと比べたら遙かに劣る、語彙も感性も構成も集中力も没頭力も全てがさび付いたようなコレ、を、読んでもらわないと寂しくて苦しくて辛くて孤独で死ぬような気がした。

そして緊張や不安でかじかんだ指先で最後、ほとんどつんのめるように書き上げてアップロードして、それを「書きました」と上げて、そして「読んだよ」って反応をもらったとき、自分はなんて幸せな趣味を持っているんだろうと、改めて思った。

書きたくて書きたくて書いて、書きたくて書きたくて書いたものを読んでもらいたくて、その二つが同時に叶う幸福。生まれて初めて小説を発表したときのような興奮があの夜にあった。

あのとき、中途半端でも書き上げた精一杯の5千字、駆け足で体裁を整えただけのそれを読んでもらったから、わたしはその後、2週間かけて2万字弱を書き切れた。テキストアプリをiPhoneで同期させ、日中の空き時間はiPhoneでちまちまと、夜はなんとかパソコンでちまちま、ちまちま書き続けた。娘の寝かしつけが終わり、家事を片付けた後の夜はパソコンに向かう時間も体力も、何より脳みその力ももう残っていないな……ということを痛感しながらパソコンに向かい、「もう小説に使う言葉が一言も出てきません……」とへろへろしながら進捗なく眠る夜もあった。

わたしは結構、それなりの文字数でそれなりの本数を最後まで書き切ってきた字書きなので「書き上げること」が持つ意味や価値を、結構知っていると思う。

だから、書き上げるための策も考え(時間がないときこそプロットが大事)、産前のやり方を横に置き(主にiPhoneの比重を上げる)、産前の自分を美化するのをできるだけやめ(完全にやめられるほど強くない)、書き上げるのに邪魔になるものを可能な限り外して(書き続けて1週間もすると集中力が増して逃げ道が不要になっていく)、2週間、ちまちま、ちまちま書いた。書き上げるために書いた。敬愛する字書き仲間が言っていた「書き続けるしか書き上げる方法がない」、本当にその通りなので書き続けた。

苦しくて辛くて悲しくて悔しくて腹立たしくて不安で嬉しくて幸せで楽しかった。

小説を書くことが、言葉を探ることが、音を繋ぐことが、象っていくことが、何もかもが。

それで書き上げた2万字弱をアップロードしてから数日は不安でたまらなかった。何が不安なのか分からないぐらい不安だった。色んなことを排除しても、出来なくなった出来なかったことばかり目についてどうにもならないものだ。

今は、次は何を書こうかな、と思っている。

それからわたしは、なんて幸せな趣味を持っているんだろうと、改めて思っている。

 

ところで今回、わけあって砂漠のことを書いたのだが、この砂漠のイメージが、完全にEテレみいつけた!」のサボさんの新曲「さばくにおいでよ」になっていることに、書き上げた後日、娘とEテレを見ていたときに気付いて脱力した。