鯉口ちゃん生きる

おかーちゃんの人生はおかーちゃんのもの

オタクおかーちゃん、文章が書きたい

人生の大部分を腐女子として過ごしている。読み、萌え、書くオタクだ。オタク人生の前半は描くオタクだった。今は書くオタクで、今後の長いオタク人生を書くオタクとして生きていくのだと思う。

 

何度かオタクをやめたいと思った時期はあった。大抵は私生活が楽しい時で、リア友と遊んだりカレシとデートしたりカレシの家に転がり込んだりで忙しく、飲んだ帰りの日曜に週刊少年ジャンプを立ち読みして帰るぐらいの、サブカルクソ野郎寄りの立ち位置にいた。ジャンプはやめられなかったのだ。ジャンプが日曜発売の場所にいた頃の話だ。

オタクを辞めたい願望の最大風速が吹き荒れたのが結婚である。夫という同居人ができ、私的空間が消滅し、18禁の同人誌を隠し持つことが不可能になる(わたしは隠れ腐女子オタクである)、辞めたい願望というか辞めるしかない状況だ。

 

だと思った。

 

だがしかし、人生の大半をオタクとして過ごした女が、たかだか結婚ぐらいでオタクを辞められるわけがない。わたしの血液型はO型だが「結婚するからO型を辞めてA型になる」と言ってもなれない。オタクとはそういうものだ。

 

結婚式前日、準備もほぼ終わり、時間を持て余して夫と2人で見た「クローズZERO2」に燃え滾ってしまい、結婚式前日の花嫁の仕事「両親への手紙」を書かなければならないというのにオタクブログに何がどれだけヤバイのか、具体的には初めて見た綾野剛の衝撃、山田孝之の姫っぷりについてを書き綴り続け、翌日出席してくれたオタク友達に「結婚式前日に何やってるのかと思った……」と祝辞とともに苦笑いで言われたわたしは、あれから9年経った今もゴリゴリのオタクである。なんならこの9年で同人誌を70冊ぐらい出した。もう死ぬまでオタクだし、目が見えなくなるまで同人誌を出すんだろうと思っている。

 

だと思っていた。

 

この9年、同人誌を出すのに1年以上空いたのは今が初めてだ。そしてその「同人誌を出していない期間」は現在も更新し続けている。

 

何故か。

 

端的に言おう、産後だからだ。

 

この9年、綾野剛docomoのCMキャラクターになるほどの知名度を獲得し、山田孝之は10数年ぶりに長澤まさみと映画で共演するようになり、わたしは、属性:既婚者のまま70数冊の同人誌という我が子のような作品を世に送り出し、その果ての果てに娘を産んだ。ガチの我が子だ。

 

産後のわたしはわたしなので相も変わらずゴリゴリの腐女子オタクだ。だが、十月十日身体の中で新たな生命体を育み、21時間の陣痛の末にそれを生み出し、以降4ヶ月以上つきっきりでお世話してきたわたしには、リソースのほとんどを娘に費やした結果、70数冊の同人誌を出してきた腐女子脳みそを動かす力がほとんど残っていない。

 

それがさみしい。

 

オタクを辞めたいと人生最大風速で願った9年前の願望なんて欠片も残っていない。今のわたしは死ぬまでいち腐女子オタクとして、好きなものを愛で、読み、見、楽しみ、享受した萌えを胸に抱いてジタバタし、耐えきれなくなって狂ったように書きたいものを書きながら元気に生きていきたいマンとなっている。

 

書きたい。

 

今いちばんわたしの中にある願望はそれだ。

萌えたいより読みたいより見たいより何より、書きたいことを書きたい。

なんだか面白おかしいことを面白おかしく書きたい。

文章を書きたい。

 

そして今いちばん書きたいことは、なにせ産後なもんで、娘のことなのだ。

 

なのでブログを作ることにした。書きたい自分の欲求を満たすため、書いた自分を読んでもらいたい欲求を満たすため、いつかの未来の自分のため、いつかどこかの誰かのため、同人誌を出すときと一緒だ、手紙を入れて栓をした瓶をいつか誰かに届きますようにと海に投げる、そんな気持ちでブログを作った。

 

ブログ一発目のエントリはブログ全体の色を決めると思う。どうしようかアウアウよだれを垂らす娘を抱っこしながら考えたが、そんな先の色のことなんて分からないので、娘を寝かしつけたあと、潔く酔っ払って書くことにした。

 

娘がふくふくの顔で眠る夜、ストロングゼロ片手に酔っ払って書いたたかだか1500文字、書きたくて書いた文章、これは9年前、結婚式前日に見たクローズZERO2について書きたくて書きたくてたまらず書き殴ったブログとあんまり変わらないな、それはなんだかとてもステキなことかもな、と思ったオタクおかーちゃんのブログである。

 

 

クローズZERO II スタンダード・エディション [DVD]

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妊娠中に見たクローズZERO3ははっきり駄作だったことはとても悲しい。