鯉口ちゃん生きる

おかーちゃんの人生はおかーちゃんのもの

外でギャン泣きする娘にテンパるおかーちゃんの心理とは

最近美容室を変えた。

専属の保育士が常駐しており、施術を受けている間託児がお願いできる美容室に通っている。

産後しばらくは夫に娘を預けられる週末に時間を作って行っていた。それはそれで気分転換になってよかったのだが、先月、週末に予定が立て込んで夫に預けるタイミングがなく、かつ予定のためにどうしても美容室に行きたい時があった。平日に行くしかないが、登録してあるファミリーサポートに預けるのは通院などの時にしたい。そう、おかーちゃんとは美容室に行くときでさえ予定の調整や託児が必要な生き物。託児。たくじ……。

「美容室行くのにファミサポさんにはわざわざ預けないよ~子供と一緒に行ける美容室があってね~」 

友人のオタクおかーちゃんがそう言っていた。わたしはその話を聞いたとき、ベビーカーに乗せた赤子を横付けさせて施術を受け、要事の際には赤子の面倒を見るものだと思った。だがよく考えれば「託児」というサービスはある。よくよく考えれば、美容室にも「託児」があるところはある。あると思う。多分。都会だけのサービスではないと思う。友人のオタクおかーちゃんが暮らしているのは地方だ。

「この辺にキッズルーム付き美容室はあるだろうか、あるならばそれはどんなものだろうか……」

この土地に転勤で移り住んで4年、特に土地で友達を作らず、各地方に散っているオタク友達とインターネットでばかり遊んできたおかーちゃんには地元の情報を教えてくれる人もいないが、おかーちゃんはオタクなのでインターネットと検索は大得意である。さくさくと調べ、即日予約ができるところに当たりを付け、電話で問い合わせ、翌日に娘ごと飛び込んだ。このご時世、火急の電話で料金とサービスを問い合わせるなんて印刷所かキッズルーム付き美容室ぐらいだ。

そして以来、産後メンテナンスの行き届いていなかった髪の毛をなんとかするべく、そのキッズルーム付き美容室に通っている。ヘッドスパ、縮毛矯正と続き、次回はようやくカラーである。産後、抜ける抜けると言われた髪はほぼ抜けずに量が多いままだが、猛烈な修羅場の果ての脱稿後以上に白髪が増えたので、こいつをなんとかチャラついた髪色で染め上げねばならん。何故チャラついた色限定なのかと言うと、おかーちゃんは魂がヤンキーなので舐められるわけにはいかないと思っているからだ。

 

前置きが長いのは文章下手の典型。起承転結の起を丸々削除するとその小説は途端によくなる、といつだかtwitterで見たがまさしくそうだろう、ここまでが大変長い前置きであった。

「おかーちゃんはキッズルーム付き美容室に通って、毎回娘を保育士さんに預けているのだが」

これが導入の要約だ。さあ本題に行こう。

 

前回、3時間強の長めの施術をお願いした。つまり長めに娘をお預けした。6カ月の娘なので、授乳間隔的にはギリギリの長さだ(なお通っている美容室は母乳の場合、施術途中の授乳が可能で、うちのようにミルクだと調乳・授乳をしてくれる)。最近娘は授乳間隔が開いており4時間弱といったところ。「出かけに授乳してきたので多分大丈夫だろうけど、ぐずったらミルクあげてください」そう申し送りをした、それぐらいの託児時間だ。キッズルームには他に男の子が2人、ビギナーおかーちゃんにはやはり月齢は分からないが、娘よりは大きいだろう2歳未満ぐらいの子たちがいた。

そして娘はギャン泣きした。

施術開始2時間ぐらいの時だったか。外面のよい娘だが、眠かったのかなんなのか、とにかく泣いている声が聞こえた。キッズルームは施術台の背面にあり、ガラス張りなのだがわたしの席からは様子が見えない。が、不思議なもので自分の子の泣いている声は聞き分けられる。娘と、娘ではない子の泣き声が聞こえる。これは余所の子につられたパターンか。まあ分からない。だが泣いている。

めちゃくちゃ落ち着かない。

「あ~泣いてますねえ、さっきまでご機嫌で遊んでたんですけどねえ~」

ちょいちょいキッズルームの様子を見ては報告してくれていた美容師さんが苦笑いでそう言った。

も、めっちゃくちゃ、落ち着かない。

 

美容室のケープを着て、施術台に座り、あるいはシャンプー台で横になりながら、身動きの取れないわたしは、この落ち着かないの正体について考えた。それは

「我が子が泣いている、落ち着かない、泣き止ませなきゃ」

だったのだが、もっと正確に言うと、

「我が子が泣いている、泣き止ませろと世界が言っている気がして落ち着かない、おかーちゃんは施術なんて仕事でもない自分のことをしてないで泣き止ませなきゃ、無料の託児なんだから特に」

なのであった。

うーん呪いだな、と、しみじみ思った。それが呪いだと理解しているのに、しっかり呪われているな、と思った。もちろん心配する気持ちはあるのだけど、それとは違うところに強迫観念がある。それが呪いだな~と、「このメンソールシャンプー、ちょっとやさしめと強烈なのとあるんですけどどっちがいいですか?」「折角なので強烈な方で」というやり取りの末の激烈爽快シャンプーで洗われているときに、スースーと思った。気持ちがよかった。

そのおかげでおかーちゃんは分かったのだ。

「泣いていようが笑っていようが、娘そのものを預けるサービス」

これが理解できた。腑に落ちたと言ってもいい。美容室の人は誰もおかーちゃんに泣いている娘をなんとかしろとは責めないし、「泣き止ませられないんでやっぱりここはおかーちゃんお願いします」と娘を連れて来たりもしない。そういうサービスで料金で経営なのだというスタンスだと理解できた。

おかーちゃんが呪われているほど、世界はおかーちゃんを責めてはいないんだろう。

まあ責める人もいるんだろうけど、ラッキーなことに、わたしは今のところ出くわしたことはない。やはりヤンキーの魂の命じるまま、チャラついた髪色でオラついているのがいいのかもしれない。

でも産前の自分の声は、見えない世界が責める声の一端になっている気はする。産前、妊娠前、子供が好きではなく、子供が苦手で、外で泣いている子供がいたら顔を曇らせていた少し前までの自分の声が、おかーちゃんになった自分を責めているのは皮肉だし、知らなかった自分を責めるのは不毛だ。今は外で子供が泣いていても「まあ元気な子」と感心し、保護者の方には「ご苦労様です」と声をかけるぐらいには変わったので、外でギャン泣きした娘を抱えた自分にも「まあまあそうテンパるなよ」と言ってやろうと思う。

ありがたくも娘、今のところは外ではあんまり泣かないんだが。

 

そう、外面がよく、他人には愛想を振りまきまくりご機嫌MAXの娘、無事3時間強の施術を終えて迎えに行ったら、他の子は昼寝をしている中で1人起きたため、1人で保育士さんを独占し、大変なご機嫌ぶりであった。

思えば娘には兄弟がなく、年の近い友人もなく、常におかーちゃんとマンツーマン、週末はおとーちゃんおかーちゃんの2人がかりで構われ、帰省すればじじばば叔母にかわいいかわいいと褒められ、ファミリーサポートに預けてもご夫婦でやられているので2人がかりで遊んでもらい……と、オールウェイズフルタイムお世話してくれる大人独占、いつでもどこでもわたしが一番、第一子長女両家初孫の権力を振りかざしてブイブイ言わせている女なので、誰かと大人を取り合った経験がほぼない。キッズルームで他の男の子2人と保育士さんを取り合ったんだろう経験はなるほど「ああ……だからさっき外なのにギャン泣きしてたんでしょ君……」とおかーちゃんに思わせるのに充分だった。

そんな構われ富豪の娘、おかーちゃんとお盆休みのおとーちゃん、義実家のじじばば叔母に構われまくった超絶スペシャルお得デイズは本日めでたく終了、明日から一週間ぶりにおかーちゃんとマンツーマンの日々が始まる。多分荒れるんだろうな……と今から遠い目になる。

彼女の魂もまた、きっとヤンキーに違いないので。

f:id:skikt:20180815231627j:image

いい夏休みだったよ。

 

 

オタクおかーちゃんの育休メシ事情

f:id:skikt:20180727125935j:image

産後半年おかーちゃん、半年にしてようやく育休中の食生活のルーティンが固まった。

 

  • 朝:最強メシ(後述)、味噌汁、ゆで卵、納豆、海藻
  • 昼:プロテイン+牛乳+難消化性デキストリン
  • 夜:晩酌
  • 補食:無塩ナッツ、梅干し
  • 水分:水+BCAA+クエン酸1リットル、ブラックコーヒー500ミリ、麦茶500ミリ、アイスティー300ミリ

 

朝昼は固定、夜は日によってメニューが異なるが炭水化物なし・高タンパク・低脂質・低糖質が基本。色々と試し、自分が一番ストレスなく楽に続けられる献立がようやく見つかった。

なお、夫と一緒に食べるのは週末を除けば夜のみだ。彼は朝昼は自分で作ったおにぎりを食べるためわたしはノータッチだ。

 

固定メニューは選択のエネルギーを削減できる

朝食を固定にすることにより「献立考案」「買い物計画」「冷蔵庫の在庫管理」から解放された。生協で毎週卵と納豆ともずく酢を買う、届いた卵1パックをゆで卵にし、調味液につける(基本はめんつゆかポン酢)、最強メシは3合炊き80グラムずつ小分けして冷凍する(次回からは50グラムずつでもいいかもしれない)。ここまでを完全ルーティンにしたことで、かなり楽になった。例外的に味噌汁だけはほぼ毎朝作る。土井善晴先生の一汁一菜のススメが好きなのだ。野菜たくさん、特にキノコ多目の味噌汁で、大抵多くできるので、残ったものはスクリュージップロックに1食分ずつ分けて保存し、夜や翌朝に食べる。面倒なときはインスタント味噌汁にがごめ昆布やおぼろ昆布を足して食べる。

固定メニューのメリットは、選択エネルギーの節約のほかに「毎朝同じ物を食べることで体調の変化に気付きやすくなる」ということがある。これを本で読んだ時、なるほどと唸り、朝の献立もその本にほぼ習って決めた。卵料理だけ、目玉焼きからゆで卵に変えたぐらいだ。ゆで卵の方が好きなのと、作り置きしておけるからである。

 

置き換え食は育休中こそやりやすい

おかーちゃんは豪胆だが結構気にしいなので、人目のあるところでの置き換えはちょっとやりたくない。夫の前でもあんまり見せたくない。だが育休中の昼飯は娘がいるだけだし、「プロテインを牛乳に溶かす」なんて手間いらずメニューは最適であった。大きめのグラスに牛乳200、プロテイン難消化性デキストリンを入れ、無印良品の小さな泡立器(早く買っておけばよかった、いい仕事をする)でかき混ぜるだけ。汚れ物はグラスと小さな泡立器の2つだけ。簡単だし楽だし美味いし、糖質ほぼゼロだっていうのに甘い。信じられない。気になる腹持ちだが、結構大食いのわたしでも置き換え可能なので、妙齢の女性ならある程度は可能なんじゃないだろうか。

 

居酒屋メニューは高タンパク低脂質低糖質メニューが多い

妊娠糖尿病に苦しめられていた頃、ランチ外食はほぼ不可能だったが、夜は居酒屋に行けば大抵なんとかなった。出産後、糖質制限が解除されたとはいえ、未来の糖尿病のリスクは妊娠糖尿病にならなかった人よりは高いため、今も緩く糖質制限している身には居酒屋メニューはありがたい。また、夫の帰宅が遅く夜ご飯開始が22時頃なこと、彼が持病の関係でキノコ・海藻・こんにゃく・イカタコ貝類・その他詰まりやすいもの・食物繊維などの消化の悪いもの、脂質の高いものは食べられないという結構ハードル高めの制限があることから、高タンパク低脂質+低糖質メニューが我が家の最適解なのだ。最近はほぼ毎晩枝豆を茹でている。うまいし高タンパクだし夏だけの贅沢だし、おやつにもいいし、塩分補給もできるし、えらいよね、枝豆。

なお、母乳ではないため酒は飲めるのだが、娘に何かあったらと思うとあまり毎晩飲むのも……ということと、あとは惰性で毎晩ビールを飲んでいたら当たり前に太ったので、週に2回ぐらい、ビールはやめて焼酎を飲むようにしている。飲まないという選択肢はね、ないです、好きなので。

 

こうして完全に固定してしまうと、ものすごく楽だ。なにせ赤子との生活、小さい判断することがめちゃくちゃ多い。朝シャワーを浴びさせるか否か、肌着は半袖がタンクトップか、そもそも着せるのか、離乳食は何にするか、2回食はいつから始めるか、腹は減っているか減りすぎていないか、ミルクは何ミリ作るか、この汗疹は病院に連れていくべきかどうか、遊びに連れていくべきかそれはどこへだ、寝かしつけは何時から始めたらうまくいくのか……もう、一日中無限に選択がやってくる。そこに「自分の昼ごはんどうしよう……そもそもお腹空いているのか、何が食べたいのかしら、食べたいからってステーキじゃあ昼には高いし娘も連れていけない、娘を連れて行ってまで外食したい?じゃあ家のあるもので……何があるんだっけ……あーうーん食べたいものが特にない……じゃあ安いから菓子パン、で、どの菓子パンにしよう……」って大したことないけど選択がいくつも続く、これをやめられるというのが相当にでかい。本当にエネルギーが節約できる。無駄遣いも減る。そしてダイエットにもなる。ダイエットになり栄養も摂れるメニューを考えたのだ。あー機能的で気持ちがいい!

 

で、このノー選択食生活、原稿修羅場にもいいだろうと思う。修羅場も修羅場、差し迫ってくると脳みその容量がスッカスカになり、熱したアイロンを触って確かめたり、炊飯釜ではなく米びつの受け皿に水を入れたり、3日連続で包丁で指を切ったり、そういうアホみたいなことを延々としてしまうので、やはり残り少ない脳みそはR18小説の「アン♡」と「あん♡」のどっちがエロいかを選択するために残し、食事はルーティン・決まり事でノー選択ノー脳みそイエスあんアン♡で進めるのが機能的!

 

オタクおかーちゃんも、このノー選択食生活で浮いた脳みそを使い、そろそろ同人誌を作ったりすることに着手したいのであった。タイトルは産前から決めていたものがある。古の腐女子なのでタイトル先行なのだ。

タイトルはもうある、中身はまだない。

 

プロテインを溶き、BCAAを溶き、粉ミルクを溶き、一日中粉末を液体に溶かして摂取したりさせたりしてるの、ものすごくコパスの世界って感じがする。

www.bodymake-final.com

 

mayukitchen.com

f:id:skikt:20180720224814j:image

大豆と押し麦と玄米、3つを保管する場所はそれなりに取られるが、それが吹っ飛ぶほどすごく美味しい。
f:id:skikt:20180720224810j:image

次に炊く時は80グラム→50グラムずつ小包装でよさそうだ。

 

一汁一菜でよいという提案

一汁一菜でよいという提案

 

土井先生は料理する人間に優しい、追い詰めない、というツイートをよく覚えている、その通りだと思う。出汁は煮干し入れてそのまま食べるよ。

わたしのごちそう365-レシピとよぶほどのものでもない-

わたしのごちそう365-レシピとよぶほどのものでもない-

 

朝ごはんの理論をそのまま取り入れているが、レシピ本としても読み物として楽しくて何度も読み返している。

みそ汁はおかずです

みそ汁はおかずです

 

味噌汁作りたくなる、すごく楽しい。なお、我が家の味噌は夫の実家の方にある白味噌(甘くない)をメインに、赤だしを時々お招きしている。

 

結構自由に作って食べてる一人朝ごはん、楽しい。
f:id:skikt:20180720224933j:image
f:id:skikt:20180720224917j:image
f:id:skikt:20180720224925j:image
f:id:skikt:20180720224928j:image
f:id:skikt:20180720224921j:image
f:id:skikt:20180720224913j:image

f:id:skikt:20180727133002j:image

まごわやさしいって結局好物ばっかりなのだった。

f:id:skikt:20180727133030j:image
f:id:skikt:20180727133025j:image
f:id:skikt:20180727133035j:image

時々はブランパンや全粒粉パンも食べる。

f:id:skikt:20180727133321j:image
f:id:skikt:20180727133316j:image

スクリュージップロックは漏れない・レンジ可・円形だからそのまま食べやすい、でとても偉い。

 

hachimoto8.hatenablog.com

毎年ツイッターで話題になるものの聞かず終いだった「夏休み子ども科学電話相談」。今年は家にいるし、子供も産まれたし、聞き逃し放送もやっているし、何よりこのエントリーが素晴らしかったので昨日から聞いてみたのだが、なんか本当に泣けてしまった……。子供の無垢な質問を否定せず、優しく、丁寧に、論理立ての最高峰みたいな美しい回答術で返される先生方の声と、アナウンサーの方の拾い方。こんなにも優しい世界があるのか……とメソメソしてしまっている。子供を生んだから余計思うのだろうか。もう、産んでいなかった自分には戻れないので、出産前・妊娠前にも聞いておきたかったな……としみじみ思った。オタクなので「わたしの推しは絶対小さいとき、ドキドキしながら受話器を握りしめて質問の電話をしていたと思う……」とも思った。絶対絶対絶対絶対に、あの子とあの子とあの子は電話した。舌ったらずに「ありがとうございました」って言った。言ったったら言ったのだ。

褒めて図に乗る子供は、やっぱりいないんだろうなと思う。質問に対し「よく気づいたね」「よく調べたね」と開口一番先生に褒められる電話の向こうの子供たちは、声には聞こえなくても本当に嬉しそうで、その空気に触れるだけで屋久島の杉の木に抱きついたぐらいのすさまじいヒーリング効果がある。まあ屋久島行ったことないんですけど。

 

f:id:skikt:20180727130033j:image

ヒーリング効果絶大な箱入り娘。

ハーフおかーちゃん

余暇のほとんどをDMMレンタルで借りた嘘喰い(無料期間に読みきれなかった)を読むことに費やしていたら娘が6カ月に突入した。

f:id:skikt:20180720230059j:image

Sはやっぱり必要じゃないか。

 

*体重8.05キロ

*身長67.5センチ

*方向転換:360度自由自在

ずり這い:①成功②飛行機ブーン③尺取り虫 が3:2:1って感じ。

f:id:skikt:20180724212457j:image
f:id:skikt:20180724212452j:image

*後退:ずり這いの成功率上昇に伴いやらなくなったバックオーライ(初期はめっちゃしてた)

*お座り:◯

f:id:skikt:20180724212606j:image
f:id:skikt:20180724212610j:imageおっさん感

*離乳食:気まぐれ、食べるときはぺろり

f:id:skikt:20180724212649j:image好きなものだけ膳

*歯:下の前歯が2本

*好き:商品タグ、おかーちゃんのスリッパ

f:id:skikt:20180724213108j:imageずり這い成功の鍵

*嫌い:高速のトンネル

*おとーちゃん:相変わらず塩対応

 

重みが増して機動力が一気に上がった娘と、激務が続き毎日残業の夫、双方の負荷が一気にかかるおかーちゃん、そして激烈な猛暑。

さすがに夫婦ともに限界が訪れたので、3人で義実家に駆け込んだ。衣食住の世話と娘の相手の頭数確保のために、文字通り駆け込んだ。

義実家までの距離は高速で3時間。近すぎず遠くない絶妙な距離だと思う。だって3時間なら一人で運転していける。なおわたしの実家までは飛行機だ。

 

娘の写真は実家、義実家、夫婦がそれぞれアクセスできるよう、Googleフォトにアルバムを作成している。アルバム上限は2000枚、それが生後半年で3つめに突入した。それを、義母がこまめに見てくれているのは知っていた。が、娘に興味ないのだろうか、と思っていた義父もそれなりに見てくれていたらしい。娘に「おじいちゃんだよ~」と言ったら、義父も自ら「おじいちゃんですよ~」と言っていて内心度肝を抜かれた。そういうキャラではないのだ。だが日々の写真が義父に「じいじ」をする覚悟を決めさせてくれていたようだ。いい仕事をした。なお、一番こまめに見て、もっともまめにコメントをくれるのは実父である。彼からは「今日の初孫写真」への感想が毎日LINEに届く。

そして写真とは、基本的に余裕があるときしか撮らない。なので日々平和で暢気な写真ばかりが4000枚以上アップロードされている。

そのため義母に「でもあんたたち、余裕を持って育児していてすごいよね」と言われたときには夫婦で驚愕した。余裕がなくなって駆け込んだのだが、そうか、盲点である。そして助けとは、きちんと声を上げて求めなければ届かないものだな、と痛感したのだった。

かくして声を上げて義実家に求めた助けは、手厚い食事と、広い寝床と、娘の抱っこ要員と、掃除洗濯をしなくていい二日間と、とにかくたくさんの援助を頂くことができた。娘も広い場所で延々と寝返りができ、たくさんの大人が構ってくれ、犬とも触れ合い、はちゃめちゃに楽しそうだった。その上、騒がしい子供が嫌いな義父の膝に抱かれているときはスン、と大人しくし、だが愛想は振りまくという仕事ぶりで、「いやあ本当に大人しい子だ、偉い子だ」と褒められまくって100点満点だった。お盆のプレゼント期待しておくといいよ、と両親で褒めまくったが、果たしてどうかな。来年には従兄弟が産まれる予定なので、娘の初孫フィーバーもそう長くは続かないんじゃないかな。

 

f:id:skikt:20180724212055j:image

これは今日まで家族の愛情を一身に受けずっと主役だったのに、ぽっと出の赤子にその座を奪われて吠えまくりの怒り心頭だった義実家のトイプードル♂

f:id:skikt:20180720230320j:image

そしてこれは「これで慣れておいて」と義母に買い与えられたヌイグルミ。名を「2号」とした。

黒子のバスケ 9 (ジャンプコミックス)

黒子のバスケ 9 (ジャンプコミックス)

 

「2号」。

f:id:skikt:20180720231209j:image

おめでとう娘のバスケ。

されどおかーちゃんは娘と踊る

かかりつけの小児科は予防接種と乳児健診が金曜日の昼休憩中と決まっていて、その時間にいるのは予防接種を受けにきた低月齢の子たちばかり。これまでは娘がほぼ最低月齢って感じだったが、5ヶ月も過ぎるともっと小さくふにゃふにゃの子が出てくる。首がすわり背中がしっかりしてキョロキョロと周囲を興味深く見渡しては他所のおかーちゃんたちに愛想を振りまきアーアー話しかけてキャッキャと笑ううちの娘(とにかく外面がよい)などは、低月齢ベビーのおかーちゃんから見たら相当育って見えるらしく大層驚かれる。勿論予防接種は長く続くので娘より大きな子もいるのだが、先日の予防接種はとにかく低月齢らしき子が目立った、その待合室での話である。

ふと気付いた。待合室にいる親子はその時点で5組、受付列に4組、わたしと娘は3番目の受付だったためすぐに中待合に通され、そこにもう2組、それなりの数の赤子とおかーちゃんがいたが、膝や胸に乗せた赤子に無限にお歌を歌っているおかーちゃんはわたし1人だということに、わたし以外誰も歌っていないというか、そもそも自分が外でも構わずテケテケ歌を歌っているということに、そこでようやく気付いた。

以前も書いたが、実母が子供の前でいきなり歌い踊り出すことをとても嫌だと思っていたわたしは、娘を産んだらあっさり自分も子供の前で歌い踊るおかーちゃんになった。その歌とは、童謡など歌詞のあるものではなく、適当にリズムに乗せてランランるんるんテケテケ歌うだけだ。もしかしたら他所のおかーちゃんは歌詞のあるお歌を歌うのかもしれない。噂に名高いEテレの歌などを歌うのかもしれない。だがわたしおかーちゃんは早々にEテレに飽きてしまい、そのうち娘にチャンネル権を奪われてからでもいいかと日々アニメか2.5次元の舞台を流したりしている。そのあたりの歌にしても、わたしは音だけから歌詞を聞き取るのがとにかく苦手なので、メロディ以外の何も思い出せない。で、結局ランランるんるんテケテケ歌っている。

ほんとに、ずっと娘に向かってランランるんるんテケテケ歌っている。

家ではずっと歌っているし、気付いたばかりだが小児科の待合室でも無限に歌っている。この事実に驚愕したわたしは夫に「わたし小児科でも歌ってたよ、そして歌ってるおかーちゃんわたしだけだった」と恐る恐る報告したら「鯉さんスーパーで買い物しているときもずっと歌いかけてるよ、他所のおかーさんは誰も歌ってないのにうちのおかーさんはずっと歌ってるなと思ってた」と返されてさらに驚いた。

確かに小児科の待合室では、テケテケ言いながら赤子を膝に乗せ、上下に小刻みに揺れながら左右に振れて「MCハマー」などと言っているおかーちゃんは他にいない。はたまた高速で「テッテッテテレッテッテテレレテッテッテテテッ⤴︎」と歌いながら「マリオ30秒前」などとキメて揺れてるおかーちゃんも他にいない。他にいないことに驚いたし、こんなことを外でも無意識でやっている自分に驚いた。

多分、他所のおかーちゃんも大なり小なり外で歌っているのだと思う。それはもっと小声だったり(断っておくがわたしだって大音量で歌ってはいない)するのかもしれないし、ある程度まで月齢が進んだ子のおかーちゃん特有なのかもしれない。低月齢の赤ちゃんは基本的に何に対しても無反応なので歌うという選択肢があまりないのかもしれない。現に小児科で並んでいる間、娘に全力の愛想を振りまかれた4ヶ月ボーイのおかーちゃんは「うちの子まだ2回ぐらいしか声出して笑ったことなくて……5ヶ月になったら笑いますかね?」と、娘が声を出してケラケラ笑う様を目の当たりにして驚愕していた。

ではわたしもここ最近の、娘の反応がすこぶるよくなってから歌うようになったのか?と聞かれると、まあ結構ずっと歌ってます……という感じである。だが娘は、マリオ30秒前もMCハマーも無反応だ。オリラジとハライチとジョイマンと小島よしおのネタが入り混じった歌も(子供が芸人の歌ネタを好む理由がよく分かった、歌いやすいのだ)、風呂上がりに「アッチッチアチッチアッチッチ」とカップ麺のCMのメロディに乗せて歌っても、とにかく思いついたメロディをテケテケ歌うだけなのでそれが笑点のオープニングでもトトロでも刀ステのダンサブルな真剣必殺曲でもようこそジャパリパークでもポプラの木にはポプラの葉でもなんでも基本的に娘は無反応だ。歌詞がどうとかメロディがどうとかではないからだ。それこそEテレの洗練された子供向け音楽なら情緒に引っかかるかもしれないが、おかーちゃんが適当に歌う歌だけでは微動だにしない。無だ。チベスナだ。もしくは無視だ。ここにダイナミックな動きが加わることで娘は大爆笑するわけだが、さすがに外ではそこまでダイナミックに動けない。「娘も喜んで筋トレにもなって一石二鳥ね!」と8キロ近い娘を抱っこしたまま反復横跳びなどできない。なお反復横跳びはすぐ腰にきたので数回でやめた。なので歌だけを歌うわけだがそうすると無反応なのだ。

で、ここまで無反応だと心が折れそうなものだよなあ、と考え、わたしは娘を喜ばせるためだけに歌い踊っているわけではないのだな、「おかーちゃんは君の相手をしていますよ」というアピール、「おかーちゃんは君を見ていますよ」という語りかけ、「おかーちゃんは君の側にいますよ」という位置主張、その他諸々、コミュニケーションの一環であり、言葉の通じない赤ん坊と交流を図る場合、「言語」より「音楽」に頼った方が分かち合いやすい気がするからだな、ということに気付いた。まあ小難しいことを言ったが、おかーちゃんは歌い踊っていた方が色々と楽なんだろうなということだ。だって歌っているときおかーちゃん何も考えていないからね。脳みそパヤパヤだからね。だから外でも気にせずテケテケ歌うのよね。娘と自分の2人だけの世界で生きているから、外と中の境界がどんどこ曖昧になっている。

 

もっと月齢の幼い頃、おかーちゃんビギナーは娘に何を語りかけたらいいかいまいち分からなかった。そもそも産前は、赤ちゃんに赤ちゃん言葉で語りかけるとかわたしにできるんだろうか……と思っていた。実際すぐできたわけではないし、最初は娘の名前を呼ぶことさえまごつくレベルだった。赤ん坊と触れ合った記憶は平成に入ってすぐ生まれた年の離れた実妹が最後なのだ。遠い昔だ。なにせもう平成が終わる。

相変わらず何を語りかけたらいいかは分からないが、ようやくスムーズに名前だけは呼べるようになった頃、それは娘がNICUから退院し、ようやく彼女と一緒に家に帰ってきた頃だった。出産5分後には連れていかれて以降10日、空調も湿度もその他全てを厳重に24時間体制で管理されたNICUにいた娘は、いきなり大きく変わった環境に落ち着かず、ずっと身体を強張らせて泣いていて、抱っこしていないとどうにもならなかった。抱っこして背中をトントンし、ユラユラ揺れ、ふんふんスクワットをして、なんとか娘を落ち着かせようと必死だった。歌は、その必死ななだめすかしの一環だったように思う。

なんとか泣き止んでくれ、落ち着いてくれ、そして具合が悪いとかどこか痛いとかで泣いてるわけではないのだと教えてくれ、ただ気に喰わないことがあるだけであってくれ、死ぬような何かが起こってるわけではないんだと教えてくれ、頼む、頼むよ。

そういうおまじないだったのかもしれない。

……というのは少々きれいにまとめ過ぎだ。もちろんおまじないの側面もあるし、発端はそこだとも思うが、そうではなく。

 

おかーちゃんが娘に歌う歌はツイッター。フォロワーは娘1人。でもツイッターだから基本が独り言。たまに娘からリプライがつくこともあるしいいねをもらうこともあるが、それが狙いではなく、ただ自分がつぶやきたいから呟いている。おかーちゃんはツイ廃。だから外でも家でもベラベラ呟きと言う名の歌を歌いつづける。他所のおかーちゃんが歌わないのはツイッターをしていないかツイ廃じゃないから!多分みんなインスタをやってる!オタクおかーちゃんはオタクおかーちゃんだからツイッターが大好き!だから洋楽のお洒落な子守唄とかじゃなくマリオ30秒前とかやるの!以上!

なので今日もオタクおかーちゃんは、娘に向かってブイブイ歌を歌います。テンテーンッ、テケテンッ、パフッ!

 

f:id:skikt:20180709175345j:image

離乳食、ちょっとずつ飲み込み始めたと同時に、生えてきた歯でスプーンをガジガジ噛み倒し、何よりもエプロンに夢中。

f:id:skikt:20180709175503j:image

今日の結果:一番好きな離乳食は湯冷ましです!

 

嘘喰い 49 (ヤングジャンプコミックス)

嘘喰い 49 (ヤングジャンプコミックス)

 

ヤンジャンアプリで全話無料だから!というダイマを受けて読んでいる(とても面白い)のだが、ちょうど今流しているアニメがカードキャプターさくらだったので、あまりの世界観の違いに自我が崩壊しそうである(面白い)。

ダンサブルな真剣必殺。娘、現時点では長谷部推しの模様。分かる。

オタ活も家事育児も多少事足りないぐらいがうまくいくのでは論

娘が大荒れ週間に突入している。

とにかくおかーちゃんが側にいないといや、おかーちゃんがちょっとでも視界から外れるといや、おかーちゃんが遊んでくんなきゃいや、おかーちゃんが抱っこしてくれなきゃいや、抱っこしてる間におかーちゃんが審神者として蛍を集めるのもいや、おかーちゃんの興味関心がわたしから外れるのはいや、寝かしつけの最後におかーちゃんがいないと絶対寝ない、断固、絶対、何が何でも、一事が万事おかーちゃん、オールウェイズおかーちゃん、寝てもさめてもおかーちゃん、おかーちゃんおかーちゃん、この世の全てがおかーちゃんじゃなきゃいやだ、いやだいやだいやだ。

予防接種でさえ最近は5分もギャン泣きすればケロっとしているのに、寝かしつけでおかーちゃんがいない時はおかーちゃんが現れるまで30分でも涙をボロボロ流して怒り続ける。もうずっとこうだ。娘はおかーちゃんじゃないことにギャン泣きし、おとーちゃんは娘に拒絶されることに傷つき、おかーちゃんはいっときも休まらない、このままでは家族全員が疲弊していくだけなので、早いとこ娘には大荒れ週間を抜け出してほしい(あと2週間程度の予定)。

まあ、一緒に居てさえやれば比較的機嫌はいいので、そこは噂に名高いイヤイヤ期よりよっぽど楽だろう。今からイヤイヤ期を予想してはぐんなりしている。わたしのDNAを継いでイヤイヤ期や反抗期が穏やかであるはずがない。オタクおかーちゃんは小学一年生の頃、親との喧嘩をキッカケに激昂して家を飛び出し、隣町の従姉妹の家まで約5キロ二駅分を地図もスマホも持たずに完歩してしまうような幼女だった。怒りを原動力に突発の計画を完遂するようなアホみたいな行動力に満ちた子供だったし、今もあまり変わっていない。ああ、だから夫に似て欲しかった。世は無情。

 

前置きが長くなった。

というわけで今回のテーマは「大荒れの娘が四六時中もおかーちゃんと言ってのサザンモードだったので、オタクおかーちゃんはキーボードに向き合う気力がほぼなかった、それで分かったことがある」である。

娘を寝かしつけ晩飯を食べ家事を片付けて22時を過ぎるともう何かおもろいことをタイピングしようという気力が湧いてこない。これはオタク原稿でもそうだが、衣食住が事欠くほどハードな生活の中では、原稿をする「時間」はなんとか作れても、その時間内に「実行する力」を捻り出せない。でも原稿は〆切がやってくるので無理やり書くわけだが、その無理くり書いた文章を翌日読むと「うわー惰性でなんとか書いてるくそつまんねえ下手くそな文章ダワ……」で全消しする羽目になる。で、それが駄目なのかというとそういうわけでもないのが【趣味】の二次創作の面白いところだなと思う。

「誰に強要されているわけでもない自由な文章」と「〆切までに最後まで書き切って本の体裁にする(あるいはウェブ上にアップする)」は両立するでしょう、するんですよ、わたしはすると思う。

だからそのためには無理くり文章を捻り出す夜や朝はあるだろうし、そうやって無理くり文章を捻り出すこと自体が「書く環境を整える」ことにもなっている、毎日無理くりでも文章を捻り出し続ければそれが当然になる。そうやって字書きオタクは書ける量や距離を伸ばしていく感覚がある。

わたしはもう字書きオタクとしての全盛期は過ぎたかな、とは思っていて、それはもう単純に加齢による体力と集中力の低下が原因なのだけれど、若かりし全盛期の「めっちゃ元気、寝なくても平気、10時間ぶっ続けで書き続けられます、それを2ヶ月続けられます!終わってもすぐ次の〆切に向けて走り出せます!もう24時間ずっと寝ないで原稿書いていたい!」みたいな全知全能の万能感に空も飛べるはずだったオタク人生のボーナスステージはきっちり終了した。そう、あれはボーナスステージ、ただただ特別で貴重な時間で、それ以降は通常ステージを生きていかなきゃならん。で、その通常ステージというのが「原稿をする「時間」はなんとか作れても、その時間内に「実行する力」を捻り出せない」みたいなごくごく当たり前の状況だ。ごくごく当たり前に苦しい日々を、これまではボーナスでクリアしてきたから考えもしなかった「生活改善」「健康」「睡眠」みたいなもので補強して乗り切っていかなきゃならない。義務形なのは自分がそうしたいからである。

全盛期はまず眠いという感覚が分からなかった(気が狂っていた)。その後、「眠いけど栄養ドリンクで補強すればなんとか」という状態になった。「栄養ドリンクで補強すると翌日のダメージがでかい」から「ダメージが3日続く」となった。「睡眠不足翌日のパフォーマンスが2割減」だったのが「睡眠不足の翌日のパフォーマンスが7割減」になった。そして「無理をして睡眠不足になると長いこと体調を崩し原稿は進まず仕事に悪影響が出て生活が滞る」となり「必要な睡眠時間を確保し、生活を詰ませず、日々の仕事や家事をペースを崩さずこなす中で原稿をする、そのために必要な期間を取り、原稿以外の全てを滞らせないようつつがなく回すことで原稿の集中力を高める」みたいなことを考える必要が出てきた。意識ライジングだ。というか今までボーナスにかまけて何も考えていなかっただけで、真っ当なオタクならもっと若いときから考えていることかもしれない。

で、だ。

ここまで意識をライジングさせて整えようとしても、衣食住、これが大幅に足りていないと書く気力どころか書く時間さえ捻出できない。必要な睡眠時間を確保したらもう余暇は寝るのみになることもあるし、なんなら必要な睡眠時間に食い込むこともある。そこで無理くり文章を捻り出してみてもどうにもならない。翌朝見て「下手くそだなあ」で済まない、言葉が、小説が、一文字も出てこなくなる。この恐怖はすごい。この恐怖に苛まされながら家が荒れ、食事が荒れ、体調が崩れてパフォーマンスが落ち、原稿はできず、日に日に遅れ、どうにかしようともがくものの、全てがうまくつながらずに日々の負債が積もるスパイラル、いつしか書きたい気持ちを見つけることができなくなる……「詰んでる」状態になる。これは、なんとか避けなきゃいけない。何故なら結構簡単に詰むからだ。

オタクおかーちゃんは現在、「娘」が最優先で生きている。当たり前っちゃ当たり前だ。大荒れの娘がいれば彼女が満足するまで抱っこして歌を歌い踊りを踊り無限に話かけ高い高いをして散歩に連れ出しいろんなものを見せ絵本を読んでおもちゃを与えぶん投げられてはまた新しいおもちゃを手渡す。でもわたしたち愛してくれとは言わないよ。ではなく。

この状態で、寝かしつけの後、文章を書こうとしても、まず愉快なことは出てこない。疲れきっている。でも書こうとする。書けない。ぼんやりと時間が過ぎる。でも今日自由時間がなかったしまだ起きていたい……気がする……。

これが「詰む」というやつだな、と思う。わたしが睡眠不足になったら一番危険なのは娘だ。

 

思うので、この1週間ほど書かずにいた。書きたい気持ちが先走って、書くことが目的になって、書くための何かを探している時、なにかがあべこべになったような居心地の悪さを感じる。これは、二次小説でもオタクおかーちゃんブログでも変わらないようだ。

ただ、書きたい気持ち自体は邪魔なものではない。その気持ちをみぞおちのあたりに沈めながら、おかーちゃんの二の腕をちぎり取ろうとしたりトントン叩いたりする娘を抱っこして、何を書こうかなと考えていた。

で、それが今回のテーマ「大荒れの娘が四六時中もおかーちゃんと言ってのサザンモードだったので、オタクおかーちゃんはキーボードに向き合う気力がほぼなかった、それで分かったことがある」だ。まーなんとも前置きの長いこと!

 

「書きたい気持ち」は何かが少しだけ欠けているときに湧いてくる。大幅に欠けていては無気力になり、全てに満たされているときは湧いてこない。

多分この「ほんの少し欠けている状態」というのが何かを書くのには必要で、少なくともわたしには必要で、少しさみしかったり、悲しかったりという感情が、書きたい気持ちと手を繋いで、お互いを慰め合ってるような気がする。

それに改めて気づいたとき、オタクおかーちゃんの家事育児方針がもう一つ決まった。

 

「書きたい気持ちをじんわり持続できる程度に欠けた家事育児」

これである。

 

掃除洗濯その他諸々の家事を、朝イチで全部終わらせようとしていた。だが、今は育休中。娘のお世話の合間に細々片付けていき、今日が終わるまでにじわーっと終わっていれば生活は詰まなくなーい?食洗機がいっぱいになるまで食器溜めてようが死ななくなーい?

赤ん坊の機嫌は誰かが操れるものではないので、大荒れのときは他に回していたリソースも娘に使う。足りなくなった分は補充しない。欠けたままにしておく。そうすると余力が持続できる。「書く時間」は捻出できなくても、「書く実行力」は娘に使っても、「書きたい気持ち」はじんわり持ち続けられる。

完璧に満たそうとするとかえって書きたい気持ちが消えたり疲れきったりしてしまう。何か書きたいな〜何にしようかな〜と考えていられるぐらいの精神状態、を保てるレベルの家事育児の完成度を目指すと、割とうまいこと回るんじゃないだろうか。どうかな。

 

f:id:skikt:20180701234354j:image

原始反射、もう完全にないと気付いた瞬間。

f:id:skikt:20180701234456j:image

ぬいぐるみに興味を持ち出して、なにやら喋りかけている。

f:id:skikt:20180701234526j:image

「離乳食はお供え物」と教えてくれたついったらんどありがとう(食べない)。

f:id:skikt:20180701234753j:image

オタクおかーちゃんの持ってる団扇、友達のノベルティか印刷所がくれたやつだからなぁ……と最近ようやく非オタ団扇を手に入れたら、下手なおもちゃよりよっぽど好きで、あおいでやるとゲラゲラ笑ってる。

 

大荒れなのと猛暑なのとで家に篭っていたらdアニメストアで全話完走してしまった。OP・EDのたびに一緒に歌い踊った結果、娘には「アンバランスなkissをして」が一番反応がよかった。分かる。

赤ちゃんはいつから赤ちゃんではなくなるのか

娘が五カ月になった。

f:id:skikt:20180620132751j:imagesはいらなかったね。

 

*体重2945g→7.4kg

*身長50cm→64cm

*寝返り:左右◎

*寝返り返り:左右◎

*方向転換:腕の力で200度ぐらい

ずり這い:数センチ前進しては動けなくなって怒る、芋虫の動きに夢中、身体の動かし方は理解している模様

*離乳食準備:スプーンを口に入れると勢いよく招きこまれる、準備万端の模様

*好き:湯船をバシャバシャ

*嫌い:おとーちゃんの出すでかい音、直近はW杯コロンビア戦開始直後の一発レッドカードに興奮したおとーちゃんの大声に爆泣き

*警戒:ビデオ通話で聞こえる声(じじばば)

*塩対応:おとーちゃんに対してのみ

 

身体も動き、知恵もつき、情緒も芽生え、自己主張も強くなってきている。

成長は多分、なんでも早い方である。

現在娘は5回目のメンタルリープ中で、普段外では大人しい子なのだが、最近は落ち着かないらしく大きな声を出したり仰け反って嫌がったりする。で、このメンタルリープは脳の成長を基準にするため「実際の出産日」からではなく「出産予定日から」を起点に考えるらしい(厳密には違うかもしれない)。そう考えると、誘発分娩ギリギリの予定日8日超過で生まれた娘の脳の発達は8日分早いんだろうなと思う。まあ本人の気質もあると思うが。わずか5ヶ月ですでに人生なんでも前のめりだ。誰に似たんだ。わたしである。分かってる。

日中はセパレートの洋服を着せたりしているので、新生児の頃のようなゴリゴリの赤ちゃん感は若干薄れている。それでも外に連れ出せば「あら赤ちゃん」「かわいいわねえ何ヶ月?」と言われる。娘がかわいいことについては「いやあどうもどうも、まったくもってその通りで」という気分だが、それはそれとして。

大人同士で娘の赤ちゃんとしてのかわいさを話すだけではなく、中には娘よりわずかに大きいだけのような、まだ歩けない、言葉も出てこない乳児に向かって「ほら赤ちゃんだねえ、赤ちゃんかわいいねえ」と話しかける他所のおかーちゃんがいる。結構いる。この言い草、他所のおかーちゃんにとってはその娘よりわずかに大きいだけのような、まだ歩けない、言葉も出てこない乳児がもう赤ちゃんではないことを指している。はたまた「あー赤ちゃん!赤ちゃんだあ!」と喜んで寄ってくる1歳か2歳の言葉は出る幼児たち。自分よりさらに小さな生き物が好きな幼児たちは、自分はとっくに赤ちゃんではないと認識しているが故に、娘を「赤ちゃん」と呼び、赤ちゃんである娘をかわいがる。

属性分類に敏感なオタクおかーちゃんには、これが面白くてたまらんのだ。

おかーちゃんスカウターの精度が低いわたしには他所の子の月齢はちいとも分からないのだが、それでもわたしの目には充分赤ちゃんに見えるあの子たちは、もう、赤ちゃんではないのだそうだ。

乳幼児、赤ちゃんやめたって。

いつだ。一体いつだ。いつかは分からんが、きっと必ず確かにあったはずだ。「not赤ちゃん」となった瞬間が、自他共に「not赤ちゃん」と認識した瞬間が、どこかのいつかの狭間に多分。

これ、おかーちゃん初心者マークのわたしには全然分からないので、まだまだ赤ちゃんでいてくれてる娘のお世話をしながら、赤ちゃんとnot赤ちゃんの境目を見つけてみようと思う。

 

ただわたしおかーちゃんは、高校生だろうと成人男性だろうと人非人だろうと関係なく、推しはすべからく「赤ちゃん」と呼ぶ認知の歪んだクソ腐女子オタクなので、本当に境界を見つけられるかは分からない。

 

f:id:skikt:20180620133445j:image

毎日大脱走

f:id:skikt:20180620133533j:image

絵本=めくるもの、の認識が生まれた模様。

f:id:skikt:20180620202941j:image

寝返りフィーバーの成れの果ての姿。ここ最近で一番びっくりしたが本人は大変楽しそうだった。

f:id:skikt:20180620202853j:image

腹にいたころから日付にきちんとした性質だった娘、5ヶ月ジャストに遊び飲みをやめた。

f:id:skikt:20180620203040j:image
5ヶ月といえば離乳食だ。大変憂鬱であるが、なにせ完全ミルクで育てている娘(母乳を拒否したので)、先日の地震でも痛感したが、避難生活を余儀なくされては沸騰させたお湯を手に入れられないと飲食全てに事欠く。リスクヘッジのため離乳食は進めるに越したことはないだろう、憂鬱だけど。

f:id:skikt:20180620202329j:image

一緒に防災バッグも用意した。地震、めっちゃ怖かったが(うちは震度4)、幸運にも家族3人一緒にいる瞬間だったのと、緊急地震速報地震の数秒前に来てくれたのとで、まだ精神安定を保てた。

f:id:skikt:20180620204731j:image
f:id:skikt:20180620204735j:image

【コスパ最強】無印良品の『肩の負担を軽くするPCポケット付リュック』を、毎日「約10kgのリュック」で通勤している男が使ってみた結果… | ロケットニュース24

無印良品週間 | MUJI 無印良品

この記事を読んで無印週間で買った。ペットボトル4本入ってるけど軽く感じたよすごい。

f:id:skikt:20180620203206j:image

夫が買ってきた5ヶ月おめでとう&お疲れ様おれたち!ケーキ。娘のおかーちゃん熱烈大好きラブラブ愛してるアタックの真逆、露骨に塩対応を決め込まれて寝かしつけをすると爆裂ギャン泣き全身拒絶されるおとーちゃんは、最近大変凹んでいる。帰宅が遅いからだよ。

オタクおかーちゃんがオタクおかーちゃんであることを伝える理由

オタクおかーちゃんのインターネットオタクライフは、メモ帳タグ打ち個人サイトがスタートだ。なまじタグ打ちから始めてしまったから今なおホームページビルダーは使えないがCSSとfloatの構造は理解できたしAdobeCC内のDWも使えるしテンプレートサイトの力を借りつつサイトも作れる、だが当時はフレーム至上主義、直リンク禁止、バナーは200×40サイズ、検索避け必須、規約を読み込み規定の作品数をアップしてからサーチとウェブリングと同盟に登録、2ちゃん全盛期で、ネチケットを何より重視する反面、ネット上での相手との距離感を測り損ねて黒歴史を量産、BBSとフリーメール、サイトに設置したメールフォームとweb拍手、匿名性をいいことに多発する荒らしへの対抗策はアクセス解析、indexに.htaccessを埋め込み特定のIPアドレスを弾いていたあの頃を経て、現在はSNS全盛、同人誌の奥付にはpixivとTwitterのアカウントを記載し匿名攻撃は捨て垢、対抗策はブロックと通報へ変化した。なおこの導入文は特に読まなくても問題ない腐女子オタクおかーちゃんの懐古趣味キャプション芸風オタク特有一気長文語りである。

 

個人サイトはワールドワイドウェブにリンクした「自分の場所」である。だが「女性向け二次創作サイト」の時点で、作品展示と萌え語りという「コンテンツ」以外は嫌がられる傾向があったな、と思う。これは多分今もある程度残っている空気感だと思うが、即時的ですぐ流れていくツイッターよりも個人サイトでのプライベートの話は嫌われた気がする。時代の流れも、まああったと思う。

ここでふと考える。「コンテンツ」とはなんだろう?

「女性向け二次創作サイト」におけるコンテンツは「二次創作」だが、「二次創作」が「コンテンツの全て」ではないよなあ、と。

偏屈なオタクのたわごとだが、もうちょっと続けさせて欲しい。

ツイッターがオタク界隈で爆発的にヒットし、何年もかけて共通ツールとなった今、わたしには数年に渡り毎日「物の考え方」を眺めている人たちがいる。元は「そのひとの発表する女性向け二次創作」というコンテンツからフォローしていても、今ではその作品のみならず、そのひとの物の考え方・視点・ライフハック等々「そのひとの発信するもの・ことすべて」が「コンテンツそのもの」になっていることが結構ある。

 

さて、オタクおかーちゃんとなったわたしは、今小説を書いていない。つまり二次創作というコンテンツを持っていない。今は脳みそが働かないのとその他物理的理由などで無理だとはっきり思う。妄想に割いていたリソースをほぼほぼ全部赤子に費やしている感覚だからだ。それと同時に、物語を見て読んで揺れる情動が愚鈍化していると感じるからだ。インプット能力もアウトプット能力もどちらもうまく動かせない。娘が生まれるまではそれはオタクのわたしにはないと生きていけない力だったから、逆に今は、なくても生きていける力なんだろう。

でもいつかはまた書きたい、読んでもらいたい。でもそうやって漫然と思っていても書けるようになる確率は低いだろう(ゼロとは言わない)と思ったから、いつかまた書けるようになるためにこのブログを始めた。字を書くオタクなので娘のことを書きたいと思ってこのブログを始めた。できることをやっていってその先にまた小説を書けるようになりたい。書きたくて書きたくてたまらないものを書いて発表して読んでもらいたい。わたしは腐女子オタクだが、それと兼務で「なにかを作り、それを発信したいオタク」なんだと思う。

「おかーちゃんになったオタクがオタクおかーちゃんとして再び自分のオタク人生を謳歌するまで」

その足跡や、試み、考え、ライフハック

それは「コンテンツ」なんじゃないかなと、オタクおかーちゃんは思った。何故ならそれは、今のわたしが一番欲しいコンテンツだからだ。

あまりにもトラブル多発だった妊娠期間、「腹の中の赤子が無事生まれてくるか」ということを極力考えないようにしていたわたしは、代わりみたいに「わたしのオタク人生ってこれからどうなるのかな」ということをよく考えた。そしてそのたびに先輩オタクおかーちゃんたちのことを思った。子供を生み、育て、働き、たくさんの力で自分の時間を捻り出し、その時間の中で作り出された作品を思った。彼女たちの人生を思った。どれだけわたしの励みになってくれたことだろう。

いつかのわたしを救ってくれたものは、いつかの誰かを救うかもしれないし、救われるかもしれないその誰かによって、いつかのわたしが救われるかもしれない。そしてそれは、とても素敵な話なんじゃないかなと思う。

 

昔々、オタクおかーちゃんがおかーちゃんでなければオタクとしての熱量も弱かった頃に就いた仕事は「文章″も″書く業種」だった。メインは文章ではなく、メインこそが苦手だったわたしはよく叱られたし向いてなかったなと諦めもついた。諦めるには結構な年数がかかったが、もう諦めた。あの仕事で食っていく人生を諦めて、あの仕事では食っていけない自分を許した。在職中、部署の違う上司に夜中の喫煙所で「ここだけが戦う場所じゃねえだろう」と言ってもらった、そういう言葉を何年もかけて飲み込んで諦めた。言葉を生業にするひとにもらった言葉の、なんと力のあったことだろう。

「あなたの文章を書く力は才能、誰もが欲しがってでも手に入れられない宝物、大事にして欲しい、仕事を離れても書くことだけは生涯辞めないでほしい」

一番お世話になった先輩が、一足先に辞めていった(言うても離職率がとんでもない激務で職場に既婚女性は1人もいなかった)その去り際くれた言葉だ。言葉を生業にするひとにもらった言葉の、なんと力のあったこと、どれだけわたしの励みになったこと。わたしが、書き続ける理由を見つけるのが難しくなっていく毎日の中で、それでも書くことを今なお諦めずにいられるのは、そういうたくさんの救いがあったからだ。

いつかのわたしを救ってくれたものは、いつかの誰かを救うかもしれないし、救われるかもしれないその誰かによって、いつかのわたしが救われるかもしれない。それはとても、とても素敵な話なんじゃないかなと思う。

 

f:id:skikt:20180617214706j:imageいつかのわたしを救ってくれるもの、具体的には寝かしつけのあとなど、そうつまり今。