鯉口ちゃん生きる

おかーちゃんの人生はおかーちゃんのもの

親馬鹿なんて呼ばないで

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娘を連れて初めてピクニックに出かけた。うっかり気温30℃まで上がった日だったので30分程度で切り上げたが、娘は初めての地面と草とハイハイン(とんでもないシャブみのある赤ちゃんせんべい)、親はモスバーガーのテイクアウトを楽しんだ。わたしはインドアオタクなのでアウトドア全般好きではないのだが、芋煮会やビアガーデンやオクトーバーフェストや朝市やマルシェや芋煮会などと言った「気候のよい季節に昼から外で酒を飲むイベント」と「芋煮会」は大好きで、ピクニックはそっちの範疇に入るため今後もやっていきたい。

 

ところで娘は、最初からピクニックを楽しんだわけではない。初めてのシートの感触、見た目、大きさ、そして床やベッドとは違う屋外の地面に警戒心を露わにした。スタート10分ほどはじっと周囲を伺って固まっていたし、おずおずと動き出してからも親の様子を伺いながら慎重に新天地の調査をおこなっていた。化石採掘者もかくやと言わんばかりの慎重さだった。

これは俗に「場所見知り」と呼ばれるものだ。

そしてわたしは、この「場所見知り」という言葉を、あまり好まないときがある。

大抵は親や親族等、関係性の近い人間が使うときだ。「場所見知り」と言う言葉を、特に親や親族、が使う場合は「びびり」「引っ込み思案」「積極性がない」というマイナスの意味を内包していると感じることがある。大抵は謙遜由来だと思う。わたしはそれが、とても、とても好きではない。

具体例を挙げてみよう。

  1. 「この子びびりだから、新しい場所に来ると固まってしまって、すぐには動かない(から駄目)」
  2. 「この子は警戒心が強いから、新しい場所では迂闊に動かず、まず安全かどうかを確認する(から偉い)」

極端な書き方をしたのでかなり違う意味合いに感じられるが、どちらも「我が子は場所見知り」を伝えている。わたしは、同じ意味でも2の表現を使いたいと思っている(というか1は生理的に受け付けない)。

 

で、ここで2つ目の問題が出てくる。「我が子謙遜」と対を成す「親馬鹿」である。

「この子場所見知りなんです、びびりなんで」ではなく「この子警戒心が強いからすぐには動かないんです、慎重派でしょ?」とでも言おうもんなら「まあ親馬鹿!」と言われることうけあいだ。口には出されずとも思われることもあるだろう。

わたしは「親馬鹿」と呼ばれることも好まないおかーちゃんである。何故か。

辞書を引こう。

 おやばか【親馬鹿】

子どもかわいさのあまり、親がおろかなことをしたり、はたからおろかに見えたりすること。そういう親。

 なにをかいわんや。

「子どもかわいさ」はともかく「おろか」とは心外極まりない。

わたしは、極めて戦略的で理知的に我が子を分析し、極めて客観的な言葉で我が子を表しているつもりである。「子どもかわいさ」に目が眩んで「おろか」なことを言っているのではなく、むしろ逆、「子どもかわいさ」にさえ目を眩ませず「客観的」なことを述べているので、親馬鹿とは呼ばれたくないのはそういう理由からだ。

生まれてからまだほんの8ヶ月、外の世界に初めて触れたその瞬間に、8ヶ月の間にきちんと育んできた警戒心で新しい環境を見定め、危ないことや痛いこと怖いこと不愉快なことが起こらないかを小さな頭で判断し、勇気を出し、自らの力で1つ、また1つと確認し、世界を広げ、構築していく。

それゆえの「この子は警戒心が強いから、新しい場所では迂闊に動かず、まず安全かどうかを確認するから偉い」

そういう娘の行動、そして娘の行動を余さず見極め理解し言語化したおかーちゃんの優秀さを褒めるところであり、親馬鹿と鼻で笑うところではない、ないのだよそうだろうハム太郎

 

例えばボール遊び。

最近オモチャにボールを買い与えてみたら、見事にはまった。まるで新ジャンルにはまったばかりの腐女子のような興奮ぶりで奇声を上げながら遊んでいる。最初はボールの球面に囓りついたり舐めたり触ったりと形を確かめたり、中に入っている鈴を鳴らしてみたりするだけだったのが、今は朝から晩までキャッチボール、寝ても覚めてもキャッチボール、たっちゃん南を甲子園に連れてってとばかりにキャッチボール、とにかくキャッチボールに明け暮れている。投球というか床の上を転がすキャッチボールなのだが、最初はおかーちゃんが転がしたボールにギャッギャと爆笑していた。第二段階としておかーちゃんが転がしたボールを取る素振りを見せ始めた。そして第三段階、ついに娘は自分でボールを転がし始めた。「ボールを投げるという意思を持ち」「ボールの行き先をおかーちゃんとさだめ」「腕の使い方を理解し」「おかーちゃんに向けてボールを転がし」「おかーちゃんが自分の転がしたボールをキャッチするところを見届ける」、この一連。かなり高度な思考と運動が、娘のはまっているキャッチボールにはある。

例えば甘え方。

これまで用事があると怒り狂いながらおかーちゃんを呼びつけていた娘が、自らべたべたとおかーちゃんに抱きついてくるようになった。洗濯物を畳んでいる背中や、ソファに座っている足にぎゅうと腕を回し、怒るでも泣くでもなく、えへえへと笑ってぴったりとくっついてくるようになった。ものすごく明確に甘えられているなと感じる。愛着のアピールもあるように思う。そしてこれらの行為は「自分」と「おかーちゃん」が別個体である認識がないと難しいように思う。娘の自我が発達している証拠だ。

例えばおかーちゃんの美顔パック。

風呂上がり、使い捨てのパックを顔に貼った。娘には怯えられるか泣かれるか、まあどっちみち誰か分からないだろうな、と思いながら娘の前に出たところ、娘は100度見ぐらいしながら「おかーちゃん!? どうした? なんかあった? 辛いことでも? 話聞こうか?」とでも言わんばかりにおかーちゃんにべったりくっついてきた。怯えも泣きもせず、おかーちゃんだとははっきり分かった上で、いつもと違う様子のおかーちゃんに驚愕しながら、きっちりくっついてくるという離れ業を成し遂げてみたのだ。その後パックを剥がしたら「あ、いつものおかーちゃんだ!」という笑顔で歓待を受けた。娘の人物認識力の高さ・幅広さを感じた一件だ。

 

どのエピソードも謙遜を入れる隙はどこにでもある。でもわたしは娘の行動を余さず見極め理解し言語化できる優秀なおかーちゃんなのでこの通りである。

そして前回の記事でも触れたが「自己肯定感の形成」は、こういう1つ1つの積み重ねの先にあるんじゃないかと思う。まあこれは娘の自己肯定感を形成するためではなく、わたしがそういう表現を使いたい人間なのでそうしているだけだが、謙遜したくないのとは別に娘の自己肯定感は育ててやりたいので一石二鳥である。

 

ところで「親馬鹿」の話に戻るが、意味に「はたからおろかに見えたりすること」が入っていると、受け取り手側の解釈も出てくるので、おかーちゃん一人の対応ではちょっとどうしようもできない。でも仕方ない。古来より女性向け二次同人界隈でも、解釈違いは宗教戦争に発展しかねないので。

「親馬鹿」解釈違いです。

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投げても投げても大好きなボールがなくならない興奮にキャパオーバーを起こしてフリーズ。

8か月になった娘に望むこと、2つ

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この後、昼寝から起きた娘にSを食われたため、8ヶ月目もmonthsチャレンジ失敗。

 

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気付いたら娘は全くずり這いをしなくなっていた。移動は全てはいはいに移行し、ズタドタ音を立てながら家中を動き回っている。赤ん坊とはあらゆる場所に行き、触ってほしくないものを触り、絶対に舐めないでほしいものを口に入れしゃぶり、マジ勘弁してくれという物を落とし、なんでそんなところに……と膝をつきたくなる場所に執着して、やめなさい! と悲鳴をあげたくなるものの上で転がり、大変器用でいらっしゃいますねアハハと感心して肩を落とすようなとろこでつかまり立ちをして、あああそっには行かないで! というところに行きたがる、つまり制御不能な生き物だ。なので柵をつけた。ようやくだ。どこにどのようにどんな柵をどう設置するか、家のインテリア一切を考えている夫が結論を先延ばしにし続け(彼の本当によくないところの一つ)、毎日娘の脱走の面倒を見ているわたしに「いい加減に決めないと明日にでも適当な物を適当に買って設置する」と脅された結果、ようやく決定・購入・設置にこぎつけた。娘のスペースを封鎖するように設置した大きく頑丈で部屋のインテリアをそこまで損なわないおかーちゃんが適当に選んだものではなくおとーちゃんが半月かけて選んだ柵を、最初は警戒しながらも興味深げに眺め、すぐに新しいおもちゃだ! と言わんばかりにはしゃいでつかまり立ちに行き、あれもしかしてわたし閉じ込められてない……? と気づいてからはギャン泣き大暴れをしてくださった、この間ものの5分ほどの大激変なので、赤ん坊というものは見ていて大変面白い生き物である。今は面倒を見ていられる間は柵を解放し、好きにあちこち這わせている。おかげでおかーちゃんは今、人生で一番掃除をしていると思う。

 

8ヶ月になった娘は喃語と言われるようなものを元気よく発声し、アバブーだのブエイだの色々言っている。両手をぶんぶん上下に振ってバーバーバーと笑うのと、両手を身体の前で結んで同じく上下に振ってキャッキャするのが最近のお気に入りみたいだ。ウッキャーとかギャハーとか叫ぶこともある。今日はおとーちゃんに離乳食をもらっている間なにやらめちゃくちゃ楽しそうでずっとウッキャーアッキャー叫んでいた。マンマもよく言う。マンマンマー! と怒っているときは「おじいちゃんマンマはさっき食べたでしょ」と返すのだが、大抵はマー! とさらにキレられる。なにはともあれ、伝えたいことがあるのはいいことだ。オタクおかーちゃんは他人に自分の萌えをあの手この手を駆使して伝えることでここ10年ぐらいを生き延びてきたよ。

 

かまり立ちを覚えてイキっているとは前回書いたが、ここ数日でA地点で片手離し、からの空いた手でB地点につかまる、からの両手B地点へ移動の離れ業をクリアした。具体的にはA地点ローテーブルからB地点おかーちゃんの膝へ移動してきた。昨日から片手離しをよくやるな~と思っていたらもう移動してきたので一瞬なにが起こったか分からなかったぐらいだ。どうにも「早く独り立ちしたい」欲の強い女らしく、つたい歩きには現状ほぼ興味がなく自力で立って自力で動きたいようだ。硬派だな。立ちたがりの登りたがりで、階段は2段目まで手が届き、ソファに乗せるとクッションをいくらでも登っていこうとする。片手離しの練習の中で「つかまり立ちした状態から座る」も何度か成功している。ついこの前までつかまり立ちをしたのが最後、にっちもさっちもどうにもブルドッグになって動けずにギャン泣きしていたのが、そろそろと様子を見ながらもドンッと尻から落ちていく、ということを練習しているようだ。向上心逞しい。逆に「立ちたくないときは絶対立たない」ということも覚えてしまったようで、肌着の股部分のスナップを留めるのにつかまり立ちをさせていたのが、ある日を境に足を突っ張らなく足裏を床につけなくなった。だるーんと伸びに伸びているくせに「断固立たない」という意思は鋼のように強い。こういう困ったところばかり親に似るのである、なおこれはおとーちゃん譲り。

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なかなかしっかりしたあんよ。太もものムチムチを支え切れるのが不思議でならないあんよ。

 

離乳食は2回食で、なんやかんや1回180gを食べる。好物はヨーグルトにブドウが仲間入りした。初めてブドウをやったとき「うわ! うま! やば!」という感じでガツガツ食べており、しかも今年はブドウが当たり年だと言う。ならばうまいものを食わせてやるか、と生協で注文したシャインマスカット様をあげてみたところ、口の中から出ていったスプーンを3度見ほどし「え……? なにこれ……? うま、うま……? 知らない……こんなもの……こんな、わたし知らない……」という推しの尊さに語彙を失ったオタクのような反応をしながらおずおずと口を開けていた(自分から口を開けて待つのは娘的には珍しい)。基本はヨーグルトでごまかしながらも、なんとか離乳食は食べてくれる。が、その反面、ミルクを本当に飲まなくなった。粉ミルクの缶に記載されている目安量の半分程度しか飲まない。その上、生まれたときから毎日使っている哺乳瓶を今さらながらおもちゃと認識して、途中で飲むのを辞めた哺乳瓶を転がして遊ぶという不良ぶりだ。なお生まれて以来完全に拒否し続けたおかーちゃんのおっぱいのことは、現在「つかまり立ちをするのにちょうどいいとっかかり」として好評活用頂いている。哺乳類としてどうなんだ。また、ミルク=水分量が足りないからか便秘気味だ。離乳食が始まれば便の質が変わるため、どうしても便秘気味にはなるのだが、なにせ離乳食以前とは比べものにならないほどかたくなるもので本人も踏ん張るのが大変そうだ。今は椅子に座っているときか、つかまり立ちをしているときに踏ん張っている。もう寝ながらではできないらしい。なんだか人類の本能を感じる。

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これは離乳食用に20分茹でたのに剥いたら半熟で「解せぬ!」と100回叫んだゆで卵。おかーちゃんが美味しく頂きました。

 

一人遊びは結構得意で、おかーちゃんの姿が見えないとギャン泣きするときもあるが「じゃあいいや」と一人で遊び出すことの方が多い。一人で絵本を開いたり、最近ではヌイグルミ(特にミッキーとミニー、顔がはっきりしているからかな)に何やらアーアー話しかけている。ふーんと思って覗くと「いやわたし何もしてませんし??」と言わんばかりにヌイグルミをぶん投げるので、何かよからぬことを吹き込んでいるのかもしれない。

 

この通り、8ヶ月の娘は激しく動くようになって確かに大変なことは多いが、見ている分にはとにかく面白い。まだ人未満だな、というところが、少しずつ、少しずつ人になっていく感じがする。出来ることが増えるとドヤ顔をして褒められるとさらにドヤる。世界を定期的に再構築している感じもする。毎日見ていたものにいきなり興味を持ち始めたり、これまで無視してきたものに執着したり。そんなに大きく世界が変わることはすんごい負担だろうな、と思いながら、まあがんばんなさい、と遠くから眺めたり八つ当たりされたりする日々だ。よくぶち切れてはいるのだけれど。

そんな、少しずつ人になっている途中の娘について「どんな風になってほしい?」と聞かれることは、社交辞令込みでよくある。その問いについておかーちゃんはかなり初期から回答を持っている。

それが「本を好きになって欲しい」と「自己肯定感の強い子になって欲しい」の2つだ。

 

本を好きになって欲しい。

おかーちゃんが本を好きだからだ。もっと言うと「本に救われた経験があまりに多い」からだ。それは心の救済であることもあれば、物語への耽溺でリフレッシュできたこともある。読解力の向上は勉学でも人生でも大事だ。分からないこと、誰にも聞けないことも本には答えがある。色々理由の羅列は可能だが、何より本は楽しいものなので、君も楽しいことをしようよ、という気持ちが一番近い。幸い娘は今のところ絵本が大好きで、本当に、静かだなと思ったら一人で絵本をめくっている、ということがよくある。読んでやれば興奮してバシバシ本を叩き、読み終わるともっともっととバシバシ叩く。好きなページでゲラゲラ笑い、読んでやる声にキャッキャする。ほとんどは本自体を楽しんでいる感じだが、やはり0歳なので、絵本を舐めたり囓ったり力任せに捲ったりは多い。こういうとき、カバーのついていない、全ページ厚紙でできた絵本だと悩まなくていいのに……と思うのだが「同人誌さー特殊装丁とか凝らなくていいよ、カバーなんて邪魔だからいらないし、全部フルカラー表紙クリアPP中とじにして安く売って欲しい」と言われたら「じゃあ来んな」以外の回答がないので、オタクおかーちゃんは黙って外したカバーを棚の中にしまうのであった。でも帯やハガキも一緒に保管してしまうオタクの性分はどうにかしたい。

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彼女の一軍絵本。

 

自己肯定感の強い子になって欲しい。

おかーちゃんはかなり自己肯定感の強い女だ。おかーちゃんは自分に自信があり、自分のことをすごいと思っている。その自己肯定感は実父が育んでくれたのだが、同じDNA同じ育て方をしても自己肯定感の大きさには個人差がある、と気付いたのは先日の帰省の際だ。姪かわいさに同時に帰省していた妹と父と三人で話していたときのことである。経緯は忘れたが父が「おまえたちもこの頃はかわいかったのに~」というようなことを言ったとき、わたしは間髪入れずに「今もかわいいでしょ」と言った。素だった。真顔だった。そして妹は「信じられない……」とどん引きしたのだ。「姉妹と思えない、わたし、そんなこと絶対言えない……」と。わたしは、少なからず驚いた。妹は末っ子らしくのびのびとかわいがられ、第一子長女のときはかなり厳しかった締め付けも大分緩くなり、自由に奔放に育ったと思っていたのだ。自己肯定感が低いなど、考えたこともなかった。だが実際、妹の自己肯定感は、自分をべたべたに甘やかした父に「今もかわいいでしょ」と言えないぐらい低かったのだ(なお父は、わたしの返しに「そうだな」と返すような男である)。

わたしは妹のことがべらぼうにかわいい姉だ。世界一かわいいと思っている。こんなにかわいくて賢く、誰からも愛される才能に溢れて面白い女、世界中探したっていないと思っている。思っているし、友人知人twitterではそう言ってる。だが、妹本人に言ったことはない。そしてもしかしたら、末っ子ゆえ、父や母にもわたしほどは言われずに育ったのかもしれないな、と思った。そしてそして自己肯定感とは、とどのつまりそういうことなのかもしれん、と思った。

もちろん本人の気質はでかい。妹は父曰く「石橋を叩いて叩いて叩来まくって壊した結果「ほら壊れた!」と怒って渡らないタイプ」なので(分かる)、経緯はともかくものすごく心配性だ。そしてわたしは「石橋をドッカンドッカンぶっ叩いた上でドカドカ渡るタイプ」らしいので(分かる)何をするにもパワー型だし気質からして自信家なんだろう(なお真ん中には弟もいるのだが、彼は父曰く「そもそも石橋を渡らないタイプ」なので今回の話とはズレるから省く)。妹のようなタイプは、ちょっとやそっと褒めそやしてもナチュラルボーン自信家のわたしほどは自己肯定感が育たないのかもしれない。

それでも事実という名の愛情をざかざか注ぐことが、褒めたい気持ちを黙さず全部言葉にすることが、自己肯定感を育てるほぼ唯一の方法だと思う。

なのでわたしは娘のことを、思ったままにかわいいかわいい賢く偉く面白い、君は世界一銀河一えらい赤ちゃん娘だ、と口に出して褒めようと、真実を、ありのまま口に出そうと、それを娘にざんざか降り注ごうと、そう思った。そしてそれを夫に伝えたところ「いいんじゃない?」と短く返された。夫は、何を隠そう自己肯定感のどちゃくそ低い男である。自己肯定感の低いところでダンゴムシになって拗れてぐっちゃぐちゃになっていじけることはないものの分かりにくい偏屈になった扱いの面倒な男である。自己肯定感の低さゆえに苦労したことが多い彼は、娘の自己肯定感を育むことには大賛成(「いいんじゃない?」は彼の最大級の賛成の意)だった。分かりやすい愛情表現を示すのが苦手な彼としては破格の愛情表現までしている。なので娘には「おとーさんがこんなに他人に構うなんてすごいんだぞー」と教えている。夫も「そうだぞー特別なんだぞー」と言っている。娘は、まあなんでもいいんで遊びましょうよ! とご機嫌だ。

 

健康も望むけど不摂生由来じゃない病気は仕方がないところがある。うちはおとーちゃんもおかーちゃんも病人なので、ままならないことが多いことは分かっている。それでもなんとか楽しく生きて君みたいな愉快な子供も授かったよ、ということを教えたい。その上で健やかたれと祈ってしまうのは、まあ、もうしょうがない、おかーちゃんなもんで。

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大人のハッピーセット。おじいちゃん酔っ払いながら文章書くなって先祖代々言われてきたでしょ!

8ヶ月目前のご機嫌悪山悪子さん

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飛行機乗る前にバタバタ撮って帰省したら見事にスペルが間違っていた、1歳になるまでにちゃんとしたmonthsで撮れる月があるんだろうか。

 

実家に二週間の帰省中、一日中起きている間はずっと誰かが構ってくれる、というのは娘にも初めての体験で、それが大いなる刺激になったんだろう、ここ一ヶ月での彼女の成長はめざましいものがある。よりアクティブでアグレッシブでスピーディーでダイナミックになった。

端的に言うと、より手に負えなくなった。

スン、といきなり一人座りをマスターしたのが7ヶ月前日のこと、以降、移動はずり這いから拙いながらもはいはいに進化し、ソファや階段、ハイチェアの足置きなど段差を見つければすぐに掴まり立ちし、おかーちゃんのことはアスレチックジムか何かと認識して、無限に手のひらを要求して掴まり立ちに付き合わせる。抱っこを要求するが、抱き上げられたとくればおかーちゃんの腹肉を足がかりに、上へ上へとおかーちゃんを蹴り上げながら登っていく。最近はおかーちゃんの喉と鎖骨を執拗に狙っており、物凄い勢いでのど輪を喰らわせてきたり鎖骨を引きちぎりにかかることにご執心だ。二の腕ももぎ取りたくて仕方がないらしい。小さなかわいらしいもみじのおててを極悪非道凶悪無比なかぎ爪にしておかーちゃんの二の腕や太ももに食い込ませ、強烈なグーパンをかまし、はたまた電光石火の張り手を喰らわせ、同じくむちむちふにふにのあんよでしたたかに鳩尾を蹴り上げる。添い寝をしてやるとうれしさのあまりテンションがマックスになり、はしゃぎ倒してベッドの上で大車輪をかまし、大変元気におかーちゃんのまぶたに踵を入れたり唇を足のつま先で引き裂いたり頬骨にごつい一撃を入れたりこめかみを揺らしにかかったり顎に頭突きを喰らわせたり全身でタックルをかましてきたり、攻撃の多彩さは引きも切らない。

後追いはやや始まっており、おかーちゃんの姿が見えないと探しに来る……こともあるが大声で唸っておかーちゃんを呼びつける方が多い。校舎裏に呼び出すヤンキーのようだ。おとーちゃん絶対イヤだ期は現在も継続中で、おとーちゃんに寝かしつけられたり抱っこされたりあやされたり遊んでもらったりしていると、絶対意地でもおかーちゃんを呼びつけるまで泣き続けることをやめない。帰省から戻ってからが特にひどく、新生児期ですら泣かなかったずっと大好きな風呂でおとーちゃんと二人きりになった途端に爆泣きしておかーちゃんを呼んだ。この通り思い通りに行かないと怒り声を上げる。掴まり立ちを始めると胸部や腹部の筋肉が発達し、発声力が増すと聞いたがなるほどその通りで、怒り狂う声量がこれまでの比ではない。一ヶ月以上エアコンを付け放しだった猛暑がようやく和らぎ、窓を開けて風でも通そうか、という爽やかな気分も娘の大絶叫を前にしたら露と消えるという寸法だ。

もちろん叫ぶだけではなくあわあわぶうぶう機嫌よく喋っていることもある。だが今は絶賛「ご機嫌悪山悪子さん」期間なのである。

ブログに書くときは大抵機嫌が悪いことを書いてしまうが、実家に帰省中は大変ご機嫌だった。「ご機嫌ちゃんちゃかちゃん子ちゃん」だった。それが一転、メンタルリープに入ったこともあって「ご機嫌悪山悪子さん」になっているのだ。

「ご機嫌悪山悪子さん」はとにかくご機嫌がよろしくない。ご機嫌がよろしくない上に気にくわないことが多くて悪子さん本人が一番手に負えていない感じだ。抱っこはされたいけど拘束はされたくない。ミルクは飲みたくないけど離乳食も気が乗らない。眠たいけど寝たくない。掴まり立ちはしたいけど動けなくなってにっちもさっちもどうにもブルドックだ。大変なのだ。娘も、それを相手しなきゃいけないおかーちゃんも、相手したいのに完全拒絶されておかーちゃんにキレ倒されるおとーちゃんも。

とにかく自分の思い通りにいかないのがイヤなんだろう、と思えば立派な自我や情緒の成長である。

離乳食は、最初の頃より食べるようになった。なったが、今度は好き嫌いが出てきて、かつ最近のブーム「唇をブーッ!とする」を掛け合わせ、食べたくないものが口に入ってくるとブーッ!と毒霧攻撃をする、というろくでもない技を覚えてしまった。ものすごく悪子だ。悪子は、食べたくない・気分ではない・遊びたい・飽きたのような気分のときにおかゆも野菜も肉も魚もブーッと噴き捨てる。でも好物のヨーグルトや果物のときは絶対にやらないので、好き嫌いで毒霧を選んでいる。床に敷いたカーペットに散らばるのは悪子の好まない豆腐や小松菜ばかりである。とんでもなく悪い。

オムツ替えのときなど、動きたいのに押さえ込まれるから余計気にくわないんだろう、8キロの全力でもって暴れ倒して脱走し、追っ手を振り切った下半身すっぽんぽん子は見事床の上で放尿をかますのだが、床の上に広がっていく海を見ていたら怒りより脱力より「全ての拘束から全力で逃げ出して床の上でおしっこ……これぞロック……」と感心してしまった。2回までは感心した。一昨日風呂上がりに3度目をかまされたその上でびちゃびちゃとはいはいをされたときにはおかーちゃんも流石に崩れ落ちた。ロックの敗北である。

そもそも娘は「悪子」と呼ばれるのが気にくわない模様だ。フルネームで名前を呼ばれるとにこにこ笑って手を挙げる、という芸をおかーちゃんの実家で仕込まれた娘なので「悪山悪子」などという見ず知らずの他人の名前で呼ばれることに嫌悪感を露わにしている。同様にご機嫌のときに「ちゃんちゃかちゃーん」と呼んでも鼻白んでいるのだが(主におとーちゃんが呼ぶからということもあるだろう)、よくそれが自分を呼んでいると気付くものだな。他にもオムツがパンパンずっしりのときは「おや、オムツぱんぱかぱん子さんになってますな、ぱんぱかぱん子さんいきますよー」などと言いながらオムツを替えるし、それがうんちの場合は「うんうんうん子さんでしたね!」などと呼びかける。

ネーミングセンスはおいておき、何故親という生き物は子を謎の名前で呼びたがるんだろう。わたしは実母が末っ子の妹のことを「ちゃぺこちゃん」と呼ぶのが謎で仕方なかった。なにせ実名に掠りもしない。名付け親の父は子供たちが省略した名前で呼ばれないようにと名前を考えてくれたのに、よりにもよって配偶者が、しかも短くするどころか長くなった謎の名で呼んでいたことにオイオイという顔をしていた。そして「ちゃぺこ」の意味が分からない。母いわく「かわいくてたまらない」という気持ちを表しているらしい。ちゃぺこと呼ばれた当の妹は「バカバッツ(わたしの田舎の言葉で”かわいい末っ子”みたいな意味)だからね……」とあきらめ顔で語っていた。おかーちゃんになった今、呼んでしまう気持ちはよく分かる。というかおかーちゃんはオタクなので、推しの名を原型を留めぬほど謎の呼び名に変形し、いとしみを込めて呼ぶという行為はあまりにも馴染みがある。だから悪山悪子もそういうことなんだろうと思う。

まあそんなブログを書いてみたが、本日の娘はちょっと心配になるぐらい大人しく、動きものんびりでよく眠った。なんだか疲れる日だったのか、どうにもダメな日だったのかね、と言うことで、本日の娘は悪山悪子改めだめだめだめ子ちゃんだったのだ。

 

僕のヒーローアカデミア (ジャンプコミックス)
 

 テレビにはまだそこまで大きな反応を返さない娘だが、離乳食中、背後のテレビから「かっちゃん!」と聞こえるたびにわざわざ振り返っていた。君はかっちゃんじゃないよ、とそのたびに教えてみたが、悪子やらちゃんこやらだめ子やらぱん子やらめちゃくちゃに呼ばれまくっているため聞く耳を持たない感じだった。

  

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先日もスタバで新作のフラペチーノを買おうと並んでいるときに無茶苦茶に暴れ出した悪子。仕方なくベビーカーから抱き上げ、片手で娘、もう片手でベビーカーを押しているときに「新作のフラペチーノをご購入のお客様に先着でラバーバンド差し上げてます」ともらったサツマイモデザインのバンド、正直こんなものもらってどうしたら……と両手の塞がった状態で思ったその矢先、悪子はサツマイモラバーバンドに気が狂ったように食らいつき、一気に機嫌を持ち直したということがあった。このラバーバンドは娘のためにあったんだ!と錯覚できるほどにえらい食いつきだった。ありがとうスターバックス、ありがとうスイートポテトフラペチーノ。3年ぶりぐらいに飲んだフラペチーノめちゃくちゃ美味しかったです……。

ハローニューワールド,パン子、ボンボヤージュ,まる子

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これは産後7ヶ月を過ぎても書き終わらずにいた陣痛から出産時の記録だ。

 

娘が娘でなく胎児だった頃、彼女(推定)の生命の名前は「パン子」だった。

妊婦日記を見返すと、妊婦検診で初めて性別を教えてもらった日のことが書いてあった。

 

21w4d 初めて出産後の夢を見た。12/11という予定日1ヶ月前に産まれた女児を抱いて、咲いたばかりの梅の花を一緒に見ていた。なんか問題なんかなさそうで楽しそうだった。その後妊婦健診。多分女の子だと思うとのこと。

 

妊娠が分かってから性別は多分女の子だろうな、とずっと思っていた。夫もだ。共通の友人たちもそう言った。誰も彼も、男の子だろうとはかけらも思わなかった。なんでかは分からないが、わたしで夫でその子供だから、男児は生まれないだろうなとなんとなく思っていたのだ。そんなわけでめでたく女の子が判明し、だが性格上、そして妊娠経過上、満足に喜んだりはしゃいだりすることもなく、ほうほうそうか予想通りねと表面上は淡々と過ごし、それでもそうか女の子か〜と思って「パン子」という胎児ネームをつけたのは、産休に入ってからだっただろうか。腹がパンパンで苦しかったのだ。だからパン子だった。

予定日より1カ月早く生まれる夢を見たこと、切迫流産・早産になったこと、巨大化した筋腫に子宮を圧迫されていること、周囲の知り合いおかーちゃんが軒並み予定日より早く生んでいたことから、パン子もなんとなく早く生まれるんじゃないかと思っていた。

の、だが。

待てど暮らせど出てくる気配がない。

 

臨月に入ったな〜もう生まれてもおかしくないんだな〜

正産期だな〜いい加減構えておかないとな〜

彼方のアストラ最終回にはかからないでほしいな〜でも先生も連載中にお二人目の出産報告してたしな〜

おしるし出てるな〜おしるしから2日以内には陣痛が来ることが多いらしいけどどうかな〜

年越し陣痛は嫌だな〜でも正月特番多いから病院でも暇じゃないかな〜ジャニーズカウントダウン見たいしな〜

年明けたな〜やっぱり予定日ぴったりで生まれたりするのかな〜きっちりした性格っぽいしな〜

 

まーーーーーーーーー見事に出てこなかった。

予定日だった1月11日、40w0dの妊婦検診で自治体にもらった無料の検診チケットが底を尽き、それまでに二度産科医による子宮口への刺激を受けひたすらウォーキングしていたものの、子宮口はギリギリ1センチ開いたか開いていないか。よっぽど出てきたくないんですね、と苦笑いされてから「誘発した方がよさそうですね」という話になった。陣痛誘発だ。薬で陣痛を促進し、分娩に持ち込むというやつだ。出産予定日である40wを過ぎると胎児に栄養を送っている胎盤機能がどんどん低下していくので、42w0dまでには分娩しなければならないのだ。

予定日超過1週間まで待ち、その後すぐにくる土日を越えて、41w4d、再来週の1月22日(月)が誘発分娩のための入院日と決まった(今考えると相当待ってくれている)。

 

ところでわたしの誕生日は1月20日だ。

そして今年の誕生日で、わたしはめでたく高齢出産の年齢となる。ここを越えたくないなあ……という気持ちが、結構あった。

だが出てきたくないというのなら仕方がない、というかできることが何もない。わたしは毎日ショッピングモールに赴き5キロ前後のウォーキングに励み(厳冬の極寒にマタニティアウターも持っていない妊婦がウォーキングできる場所は限られている)、家中の床掃除をし、パンパンの腹のパン子に向かって「今日出てきたら何がどれだけお得か」という説明を切々としていた。だが毎日きれいに無視され続けた。あざ笑うかのように胎動がズンドコズンドコ激しい。頑として今は出ないという強い意志を感じた。お得説明だったのは、わたしの娘なら合理的なことが好きだろう、逆に情に訴えられたら嫌悪感を示しそう、と思ったからだが、「他人の意見より己の意思に最も忠実」というDNAに阻害され続けたなと思う。ほんとに、似ないで欲しいところばかりよく似てくれる。

妊娠終盤、予定日超過ともなると、母体の限界は近い。わたしは妊娠中6キロほどしか体重が増えなかったが、着られる服はもうないし、予定日3日超過で妊娠線ができ、増えた腹の重さが足指にかかって巻き爪が悪化、最後の最後で血糖値が下がり切らずに6日超過で毎食後にインスリン注射を打つことになった(それまでは食後1時間の血糖値が120を越えたときのみ打っていた)。色々限界だ。だがパン子はちっとも出てきたがらない。前駆陣痛と呼ばれる陣痛の事前練習みたいな痛みにも慣れてしまった。

「この人、医術を駆使するまでずっと籠城してそう……」

そうやって悶々しんどく1週間を過ごしてやってきた41w0dの深夜、その日の午前中が最後の妊婦健診だという夜中のことだ。

 

<1月18日>

2:00

陣痛がきた。

……と言ってもドラマチックでもなんでもない。ファーストインパクトで「ああ貴方が陣痛さんですね」と分かるような分かりやすさは微塵もない。陣痛カウントアプリで痛み(大して痛くない)と無痛の間隔を計測し、規則的にやってきていると物理的に判断して初めて「陣痛かもしれない」となる。ファジーなのだ。案の定わたしも「うーん……規則的だと言えなくもないけど、これは予定日超過しているわたしの希望的規則性なのでは……別に我慢できる痛みだし……」とスマホアプリで陣痛間隔と思しき痛みを計測し、これはどうなんだろう……?と2時間ほどファジーを繰り返したがいまいちはっきりしない。そのうちスマホを握ったまま寝落ちした。そして朝まで寝た。

 

7:00

まだ規則的に痛い。

目が覚めてもなんとなく痛みが続いているので陣痛かなということにした。出勤前の夫にも「陣痛かもしれん」と伝える。だが、ここ1週間ほどそんな話を何度もしてきたので「うーん、なんかあったら連絡して、じゃあ行ってきます」ぐらいの反応だった。分かる。

 

8:00

陣痛間隔が10分を切る。

わたしの産院は初産の場合、陣痛間隔が10分を切ったら連絡することになっている。一応切っているんだが、相変わらず我慢できる痛みだし、もうすぐ診療時間になる。自分の診察時間も迫っているから先に出かける準備をして待つことにした。湯船を張って浸かり(そうするよう事前に渡されたマニュアルに書かれていた)、お湯を抜いて浴槽を洗い、家中にクイックルワイパーをかけた。別に綺麗好きなわけではなく、可能な限り動いて少しでも子宮口を開き空振りの確率を下げたかったのだ。

 

8:45

出発準備。

病院への連絡も終わり(検診予定も入ってるし、とりあえず入院道具持ってきてくださいということ)、さてと、わたしは車の鍵を持って考えた。正直、今の痛みなら病院まで30分弱の距離ぐらい自分で車を運転していける。そしてこの程度の痛みだから一旦帰ってくださいと言われる可能性が高いだろう。その際自家用車があった方が帰りやすい。昨日の昨日まで車を普通に運転していたわたしは結構悩んだ。実母の「3人目は自分で運転して病院に行った」という話も思い出し、まあそれは3人目だし、わたしは初産だし、陣痛なんて何が起こるか分からんしな、と当たり前の結論を出してはいるのだが「陣痛じゃなかったので一旦帰ってくれって言われると思うからその時車が欲しい、陣痛タクシー呼んどいて陣痛じゃなかったからまたタクシーで帰るってすごくいやだ、自分の車で帰りたい」というろくでもなくしょうもないことを考え続けて車の鍵をなかなか置けなかった。ちゃんと予約しておいた陣痛タクシーを呼んで行きました。

 

9:20

陣痛タクシーに乗り込む。

陣痛タクシーは女性ドライバーで、色々と気遣ってくれ、大変よかった。対価を払った他人の距離感がありがたい。

その頃の陣痛は、正直よく分からなくなっていた。痛いは痛いのだが、体面をとにかく気にするわたしは、これからどのように動きどんな状況になりどんなトラブルが起こり得るのかのシミュレーションに意識の9割を持っていかれていた。今思えばあんなもの序の口、大した痛みではなかったからシミュレーションなどできたわけだが、これから起こる全てが人生初、しかも命に関わることなどそれこそ生まれて初めての経験なので、とにかくありとあらゆる事態に備えておきたくてたまらなかった。出産関係は「全て人それぞれだから頭空っぽにして挑むように」みたいな指針がドーンと立っており、実際わたしもそうかなとも思うが、未知はともかく無知で挑むのは恐ろしいと思うし、わたしには向いていない。

 

10:00

外来で検診。

馬鹿でかい入院の荷物を担ぎ、陣痛にふうふう言いながら最奥の産科外来で予定してあった妊婦検診兼NST。モニターを見る先生、微妙な反応。「一応陣痛来てるんですけど……うーん……まあ予定日も過ぎてますし……一応入院してもらいますか……」なんとも歯切れが悪い。「一応、7時を陣痛開始時間ってことにしますね、駄目だったら一旦退院してもらうということで……」この時点でどでかい入院荷物をもう一度担いで帰宅する未来を覚悟する。

 

11:00

産科病棟に移動。

「一人でいけますか?」

と聞かれたら大丈夫ですと答えるしかない。強くなってきている痛みに耐え、痛みの時は歩みを止め、無痛の間にクソでかい入院荷物を抱え、外来から病棟まで歩いて10分の距離(総合病院はアホほど広い)を、じりじり、じりじり進む。陣痛の波が来るたび壁によってしばし耐える。また無痛になり荷物を抱えて歩き出す。痛みがなくとも予定日超過の腹の大きさで持って歩くには差し障りがあり過ぎる入院荷物だ。一人で行けなくはない。一人で行けなくはないけれども。

なんとか到着したら陣痛室に通され、ようやく荷物(出産用の入院荷物は本当に多い)を置けた。

「もうお昼ご飯の受付終わっちゃったから一階のコンビニで買ってきて、あ、ついでに入院手続きもしてきてくれる?」

わーたーしーいーまーそーこー通ってーきーたー。

とも言えないのでヒイヒイ言いながら今来た道を戻り、コンビニで昼ごはんを買い、入院手続きを済ませ、また7階の産科病棟に戻る。一人で行けなくはない。一人で行けなくはないけれども。できたけど!戻れたけど!

初産の妊婦にはもう少し優しくして欲しい。

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エネルギーになるおにぎりを食べれば血糖値は上がる。エネルギーになるおにぎりを食べなければ長い分娩を戦い抜けない。この剣を握ったままではお前を抱きしめられない。お前を抱きしめたままではこの剣でお前を守れない。

でも此の期に及んでも血糖値は測れっていうから……。

 

12:00

夫と連絡。

入院になったとLINEを入れた夫から「今すぐ早退して行ったらいい?」と電話。先の先生の言葉を繰り返し「わたしは多分退院になると思う、だから今すぐは来なくていい、定時まで病院で粘ってたら来て」と伝える。

 

12:30

昼食。

「食べ終わったら血糖値計測してインスリン打ってくださいね〜」

このストレス過負荷とおにぎり摂取で血糖値の上昇が止められるわけがないし(確か190)、この期に及んでインスリンを打てと言うのか(言われた)。陣痛で手が震えてるのに自己投与か。そしてわたしは陣痛の方がよっぽど痛いのにこの期に及んでまだインスリン注射を打つのにビビるのか。ビビりました。自分で自分の腹に注射針を打つのは結局最後まで慣れなかった。

病院で貰った脱脂綿と、医療ゴミである注射針を貯めておくペットボトルを忘れてきたと伝えたら「家族の人に持ってきてもらってください」と返された。難しい。確かにわたしが悪い。悪いと思う。こんなもの全部聞いていたら病院がパンクしてしまう。患者は自分でできることは自分でするべきだ。でももうちょっと優しくしてほしいよ……。せめて打ったインスリンの注射針と血糖値を測るのに使った針とシートだけ回収して欲しかった、だって医療ゴミだから病院で回収するんだもの。

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どっちも自分で針を刺す血糖値計測&インスリン注射、耐えられない痛みではないんだけど「なんかいや」ってずっと思ってた。食後1時間で血糖値が120を越えているとインスリンを投与、MAXが産休前切迫早産でストレス過多になっていた時の198。

 

13:00

耐える時間。

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痛いけど、痛いんだけど、痛みが消えると退院になる。あれだけ苦労して病院に来て、昼飯買って入院手続きまでしたのに帰るなんていやだ。車もない。もうこのまま痛くあってくれ……!と耐える時間。助産師さんが持ってきてくれた揺れる椅子(陣痛逃し)に跨ったり、モニターを見て陣痛の波を確認したり、ツイッターに「陣痛なう」とツイートしようとして「いやでも陣痛引くかもしれないし……そもそも出産に絶対はないし……わたしがこのまま死んだら最後に残るツイートが『陣痛なう』になる……見てる人が切な過ぎる……」と余計なことをもごもご考えてやめたり、でもTLに流れてくる推しのイラストには抜かりなくイイネを押したり、友達の出産記録ブログや出産エッセイ漫画やコウノドリの電子版を読み直して今陣痛がどれぐらい進んでいるのか確認しようとしたり、あの手この手。

tpb.hatenablog.com

 超読んでた友達の記録。

 

15:00

持参した前開きのパジャマに着替えるよう言われる。

マニュアル通り2着持参したが、そのうちの1枚でお産をするとは思っていなかったので驚く。病院着的なやつではないのか。多分それだとレンタル費用と手続きが必要なんだろう。でもわたしは持参パジャマで分娩台に乗る=血やいろんな体液がつく とは思っていなかったので、ちゃんと説明して欲しかったし、それならレンタルしたなとも思う。

この時に持参したヘアバンドも装着したのだが、こいつは本当にいい仕事をした。痛みに七転八倒している時に髪の毛がボサボサになるのを防ぎ、邪魔になるのも防ぎ、横になっていても邪魔にならず、産後ズタボロの状態で写真撮影をする際もまだなんとか見えるズタボロ状態に抑えてくれる。ボブ以上の長さなら出産の入院アイテムに断然おススメ、ヘアバンド。なおわたしの推しはカチューシャの男。

 

16:00

助産師さんの子宮口チェックで「いい感じの出血」が確認される。

 

17:30

「分娩するまで帰れま10」スタート。

外来を終えた主治医が様子を見に来る。子宮口の確認、と同時に生温い液体が流れ出る気配。「破水しましたかね?」「なんかそんな感じしましたね?」と試薬で確認するも、なんかいまいち破水っぽい結果が出ていない?とのこと。「でも破水だと思います!」そ、そうか……。

というわけで「試薬で確認したところは破水ではないかもしれないけど十中八九破水でしょう、破水ならばもう退院はなしでしょう」というフワッとした感じで「分娩するまで帰れま10」がスタート。

「経過は順調です、子宮口もゆっくり開いているし、だいぶ柔らかくなってきています、今晩中には産まれると思いますよ」

「こ、今晩中?」

「そうですね、朝までには」

「朝まで???」

「はい、今は大体折り返しってところですかね」

「もうすでに10時間苦しんでいるのに???????」

「はいー、順調ですよー、にこにこ」

順調とは。

 

※以降の時間表記は大体である。

 

19:00

夫到着。

わたしが忘れた血糖値計測用の脱脂綿と医療ゴミ回収用ペットボトルを持って夫が到着する。彼は陣痛前からわたしが産気づいたら「絶対痛みにまかせて当たり散らされる、暴言の限りを尽くされ、理不尽な嫌味を連発されても甘んじて受け、けれど自分は決して切れず、怒り狂う嫁のイエスマンにならなければならないんだろう……」と覚悟していたので、陣痛室にはかなり慎重に入ってきた。対するわたしは「絶対自我は手放さない、後世まで語られるような無様を晒すものか、パニックにもならない、常に冷静であれ、騒いだって痛みは和らがないしお産も進まないに決まってる……」と決意していたので、結論から言うと夫の心配していたような事態にはならなかった。彼が到着したときはまだ陣痛椅子に座って痛みを逃したり、陣痛が去ったタイミングでこれまでの流れと現状説明、今跨っている陣痛椅子の紹介(「この人がこれまでの半日わたしを助けてくれた陣痛椅子さんです」)、やってきた助産師さんに「夫は出産に立ち会いません、血がダメなんです、分娩台に移動したら1人でここで待ちます、産まれたら呼んでください」と伝えるなどできる感じだった。要するにまだ余裕、1人でいきみ逃しができるレベル。

陣痛間隔は5分、子宮口4センチ。これだけ苦しんで順調で子宮口4センチのみなのだから、今朝の検診時はよっぽど開いていなかったのだろう。

 

19:30

夕飯。

わたしの夕飯は配膳、夫はわたしが昼を買った一階のコンビニに行き自分の夕飯と夜食、わたし用のアイス(「食事が食べられないようなら冷たくて食べやすくエネルギー源になるアイスをがオススメです」とマニュアルに書いてあった)とお茶、水を買ってきた。あと、結局食べられなかったわたしの昼ごはんの残りもあげた。

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配膳、痛みが辛すぎて全然食べられなかった。

代わりにハーゲンダッツ・バニラを半分くらい食べたら当たり前だが血糖値は180ぐらいまで上がっていた。インスリンを打つのも難しい手の覚束なさだ。

 

21:00

陣痛椅子を使うのをやめ、ずっとベッドで横になるよう指示される。無痛の間は寝るためだ。陣痛間隔は7分くらい。トイレ(陣痛室を出て5歩くらい)に行きたい。便座に腰掛けるといきんでしまうので、いきまずに済む短い時間用を足して陣痛室に戻る、を繰り返す。なおトイレに行く際は必ず夫に付き添わせるよう言われているので、無痛のタイミングでわたしがトイレに向かうたびに夫もトイレの前のソファまで付き添わされる。

この辺りから下半身が自分の制御下に置けていないことを認める。そもそも妊娠後期は巨大化した子宮に腸と膀胱が圧迫され凄まじい便秘と頻尿になっている。もう四六時中強烈に出したい排泄欲に苛まされていたのだが、陣痛中はさらに倍、はらたいらさんに3000点って感じで、下半身がギューンゴーングリーンバゴーンッ!ってなってるこの排泄欲がいきみなのか尿意なのか便意なのか別の何かなのか全く分からない。

 

22:00

隣の陣痛室から聞こえる悲鳴が絶叫から断末魔に進化する。

 

23:00

いきみ逃しが1人では難しくなってくる。

痛みの波がやってくると呼吸が難しくなり、力まないようにしたいのに力まそうになる。息を吐くのが大事で、そのリズムを夫が作ってくれる。彼は以降わたしが分娩台に向かうまで人間メトロノームとなってくれた。陣痛間隔6分くらい、そのたびに「はー、はー、はー、はー」と言ってくれる彼に合わせて呼吸をすることでなんとかいきまずに済んでいた。

 

<1月19日>

0:00

子宮口6センチ。

ベッドの上で破水なのか漏らしたのか分からない液体が流れ出る。多分尿漏れだったんだろうと思うがナースコールでやってきた助産師さんはてきぱきと始末してくれた。わたしは祖母のスパルタの結果1歳4ヶ月でオムツの取れた女なので、己の下半身があそこまで制御できないのなんて赤ん坊以来だった思う。

 

1:00

陣痛間隔3分くらい。

陣痛が去り、無痛が来た途端寝る、それを無限に繰り返す。寝るというか、気絶。わたしもだし、ずっと付き添ってる夫もだ。陣痛室にこもってからでさえ12時間を越えているので、痛みがなくなるとそのまま意識が途切れ、次の痛みが来たら痛みで起きるを繰り返す。痛みでどうしても起きてしまうわたしに対し、わたしが痛み出した声で起きる夫もなかなか辛い。でももう彼のメトロノームなしで乗り切れる痛みではない。

 

2:00

子宮口7センチ。陣痛間隔2分。

助産師さんに「そろそろトイレに行く時ナースコールしてください、倒れられると困るので付き添います」と言われたので、行こうと思ってナースコールしたら別の助産師さんが来て「トイレ?旦那さん付き添ってあげてください」と言われて釈然としない気持ち。

痛みはもう、なんなんだあれ。

陣痛の間ゴルフボールでお尻をゴリゴリ押してもらわないとまじで出てきそう、でもどっちが?!という感じでもう下半身もぎ取りたい、自分ではもう無理なので夫にゴルフボールでゴリゴリしてもらう。これ、出産エッセイなどでは「ちがう!そこじゃない!役立たず!」と夫を罵り助産師さんにやってもらう、というのをよく見た気がするが、わたしは「ツボが外れてる」と判断できるほど下半身が支配下になかったため、なんでもいいからその辺押してくれわたしも分かんない!という感じで、罵りはしなかったがいきなりゴルフボール握らされた夫は困惑しただろうと思う、まあ配慮できる余裕はない、こっちはもういきまず呼吸をして子宮口が全開になるのを待つ以外なにもできない。

 

3:00

子宮口8センチ。

疲労と痛みと睡魔と痛みと排泄欲と痛みと痛み。

 

3:30

子宮口9センチ。

そう言われ「でもまだあと1センチも待つのかよ!」と絶望したら、その時の刺激で全開になる。「がんばりましたね〜じゃあ分娩室に行く準備始めましょう」マッハでやってくれ頼むわたしの下半身には一刻の猶予もない。

そう言った助産師さんが陣痛室を出て行き、ようやく産む段になったことを夫に労われる。彼は立ち合いをしないのでここで待つ。戻ってきた助産師さんは透明なカッパみたいなものを着ており、わたしが16時間七転八倒したベッドのの柵が外され、そのまま分娩室に運ばれる。歩かなくていいのか……とほっとした。なお、分娩室は陣痛室の目と鼻の先である。

多分この時点で3:50頃。

分娩室には二台の分娩台があり、お互いは見えないものの医師や助産師さんは行き来できるようになっているから声は丸聞こえという造りで、隣の陣痛室で絶叫し続けた方が今まさにお産に入っていた。わたしが短い無痛の間に運ばれてきたベッドから分娩台に移った辺りで産声が聞こえてくる。無痛時なので平気。助産師さんと2人、無事産まれたみたいですねと談笑を交わす。陣痛。子宮口全開の痛みはこれまでの比じゃない。「いーーーたーーーいーーーー!」とうとう叫んでしまう。痛いねそうだねと言われながら、腰を上げろと言われれば速やかに上げ、カバーの中に足を入れろと言われれば速やかに入れ、ハンドルも握らず、胸の上に手を置き、呼吸に集中して「もういきんでいいよ」と言われるまでいきまなかった、えらい、なんてえらい妊婦なのだ。ただここまでいきまずきたものだから、いきなりいきんでいいよと言われても「いきむとは……果たして……?」となりいきめない。ほんとにいきんでいいのか?切れるというし?やばくない???と悩みつつ少しずついきむ。助産師さんの掛け声に合わせていきむ。メリメリいってる。「いきむの上手!特に2回目!」もうどれが2回目かわかんないけどこれでいいならいい、でもわたしを励ますために適当なこと言ってるだけで本当は上手くないのかもしれない、分からない、とここにきてもまだ思考は巡る、いるんだ最後まで無心になれない妊婦は、頭空っぽにできない妊婦はいるんだ!とさらに勝手に頭が回りつつ助産師さんの舵取りに任せて3度目のいきみで「はい髪の毛見えてるよ!」と言われる。なんかこの挟まってるみたいなこれがそうなのかとりあえず出したい!早く出したい!痛い!このままここに挟まってた色んなものが切れる!痛い!!!とラストスパートのわたしと「先生発露ですー!」と隣の分娩室に声をかける助産師さん、「はーい」そういや先生まだ隣の分娩室で処置してたね!

分娩室に入って4度目の陣痛、4度目のいきみ、ようやく先生(この時初対面)も現れ、ずっと処置してくれていた助産師さんと、一緒にベッドを運んでくれたもう1人の助産師さん、そしてわたしの4人が1つの分娩台に集結、いーーーーあーーーーーいーーーーーーー!!!!下半身全部千切れる!メリメリメリメリすごい!呼吸!いきみ!でも手に力入れない!ハンドル握っていいよと言われてようやく握りいきむ、いたい、いきむ、いたい、いたい!「はい!呼吸!ハーッとして!」分かったよぉ!「はっはっは……」「はっはっはっじゃなくてハーーーーーッ!」医師と助産師全員の声がハモる、いやこのタイミングでその違いを理解しろって無理があ「ハーーーーーーーー!!!!!!」「はいーーーー足の間見てーーーーーーー」

 

2018年1月19日、AM4:00ジャスト。

分娩室に入ってからは10分足らず5分強。

とん、とこの世に出てきた。

 

バカになった下半身ではもう何も判断ができなくてポカンとしていたら、助産師さんに「どっちって聞いてました?」と聞かれた。「あ、お、女の子……」「そうでしたねーおめでとうございます、女の子」胸の上にタオルを広げられ「はい乗せるから抱えてー」と言われ、全身ガクガクの力が入らない状態で、胸の上に生暖かいものを乗せられた。

それが2943gだったパン子のハローニューワールド。

彼女はタオルの上ですぐにうんちをして「あ、コウノドリで見たやつだ!」と思った。ストレスがかかるとするらしい、特に子宮内で排泄してしまうと自家中毒になるらしいというやつだ。その話を友達にしたら「外に出てくるまでしないで偉かったね」と言ってくれてほんとだなと感心した。その排泄を除いて2943gの赤ちゃんだった。

少し頭が長くなっているのもコウノドリで見たやつだ!と思った。吸引はかけていないが、21時間もゴリゴリしていたので圧迫されていたのかな、これはやはりすぐ戻った。

わたしはまだぽかんとしていて、そこに同じくぽかんとした夫も連れてこられて、2人でぽかんとしたまま写真を撮り(もうすぐ連れて行くから早く写真を!と急かされた)、病院のカメラでも撮影され、産まれてからわずか2分ほどでパン子はNICUに連れていかれた。わたしが妊娠糖尿病でインスリン注射をしていたので、パン子は産まれる前からNICU入院が決まっていたのだ。残されたのはほぼ完徹で分娩に挑み疲れ果てて呆然とした夫婦のみ。ぽかんとしているがお互いヌルヌルの赤ん坊を抱き、呆然としたまま3人での写真などを撮った、ほとんど夢心地のままの記憶がある。よく分からないど産まれたんだね……という感じで揃ってぽかんとしてしまった。案の定母性の湧き出る感じなどは特になかった。不思議な気持ちだった。ほんとに赤ん坊が入っていたんだな……と感心もした。

わたしは会陰切開をいつされたのか気付かず、出血は中量に印で130g、いいお産だったと褒められた。当直の医師は若い男の先生で、多分、縫合の腕がめちゃくちゃいい人だった。初産だから比べようがないが、かなり細かく丁寧に縫ってくれたようで、入院中も特に痛みはなく、チェックされるたびに「きれいに縫われてますねぇ」と感心され、退院する五日後くらいには違和感もなくなっていた。

そして夫はと言えば、血が地雷なので立ち合いのみしなかった(気絶して邪魔しては悪いと気遣ったのだ)のに、分娩室が先述の通りの作りなので声は丸聞こえ、連れて行かれてすぐ産まれ、一番避けたかったはずの縫合を不可抗力で立ち合いしてしまい大層気の毒だった。まあここまでくると立ち合いしたも同然だ。なお夫の「血が地雷」は文字通り地雷であり、わたしが見ていた進撃の巨人二期1話をうっかりチラ見してしまって具合が悪くなり寝込んだ「目に入れるのも無理」というかなり繊細なレベルの地雷で、本人は地雷を自認して避けているのに「出産の立ち合いは注意書きあったけど縫合は書いてなかった」なんて、注意書きにうるさい腐女子なら炎上案件だ。

 

4:30

陣痛室に戻る。

持参のもう1着のパジャマに着替え、ベッドに横たわらせられて運ばれる。パン子の一通りの検査が終わるのが2時間後の予定で、その結果を聞きにNICUに行く。それまで休息だがお産が立て込んで病室が空いていないので、退院者が出て部屋を片付けるまでここにいてと言われる(最終的に昼まで待たされた)。実家に無事産まれた連絡をするとすぐ返信がきた。「鯉さんのご両親は起きて待ってると思うから連絡してあげて」と言った夫は正しかった。

お互いもう疲れ果てて頭が働かない。何はともあれ寝なければとわたしはベッド、夫はソファで仮眠。完徹出産、ほんとしんどい。

 

7:00

NICUに行く。

パン子の結果を聞きに行く。NICUは小児科のため階が違い、産婦人科の病室からは産婦の徒歩で5分ほどかかる。この時は車椅子を借りた。検査の結果、パン子にはひとまず異常なしで、これから詳しい検査を進め、問題なければ退院できます、という説明の途中で夫婦2人とも何度も意識を飛ばした。

 

8:00

当初の主治医が来る。

外来前に様子見に来てくれた主治医は「やっぱり夜の間中に産まれましたね」と笑い「とても安産でしたよ」と言った。確かにわたしは、陣痛は遠のかず、陣痛促進剤を使わず、子宮口が開かないこともなく、帝王切開にもならず、初産なのに4時間で産まれたこともなく、へその緒が首に巻きついていたこともなかった(これは全て友人たちの体験談だ)。出血は少ないし子宮の戻りも大層早かった。医療的な意味ではなるほど「超安産」である。

でも21時間苦しんだのはわたしであり、21時間の陣痛は超絶辛かったので、一般人的には「超がんばったね産」ということにして欲しい。超がんばった。

 

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パン子の産まれた1月19日の朝は「ああ、君はこの朝に生まれたくて41w1dまで待ってたのかね」とすんなり思えたほどの、ギラギラと明るい冬の朝だった。日本海側で生まれ育ったわたしは、太平洋側の冬の晴天に未だに馴染みがない。こんなに明るい冬の朝は、娘をこの土地で生まなけりゃ今でも馴染みがなかったかもしれない。

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そしてわたしは、翌日の誕生日を目前に一日早くおかーちゃんになったため、見事ギリギリで高齢出産を回避し、出産翌日に提供された病院のお祝い膳をわたし自身の誕生日膳として食べた。同日誕生日と高齢出産はパン子が回避してくれたんだろう、ということにして、向こう18年ぐらいは二日連続で誕生日ケーキを食べようと思う。

 

ところでわたしは今、娘を連れて実家に帰省している。

里帰り出産をしなかったので、今回の2週間という滞在は実家的にも初孫とめいっぱい遊べるいい機会になっている。「変化する家族の形」「親の老い」「ないと思ってたのに実家に全巻あったよBANANA FISH」等書きたいことは山ほどあるのだが、それはおいおい書くとして。

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このぼろぼろの単行本は、わたしが産まれてはじめて買ってもらった漫画だ。

 

何度読み返しただろう、何度真似して描いただろう。まるちゃんは、わたしの少女時代に確かにいた。お弁当を持って冒険に行ったり、シーチキンのノートをお姉ちゃんと奪いあったり、見たこともない南の島に行って現地の女の子とお友達になったり、大野君と杉山君の応援をしたり、一緒に色んなことをした、あの頃のわたしのお友達だ。

蟹缶を見れば「まるちゃん、百恵ちゃんへの差し入れにあげてたな、缶切りとマヨネーズと一緒に」と思って笑い、犬のフンを見れば「ひろしは犬のフンを踏んだすみれの靴の裏を拭ってやったな……」とまるちゃんに聞いたように思った。読み切りの「美人のおねえちゃんと比べられて惨めだったけど、あんなに美人のお姉ちゃんでも好きな人に好きになってもらえず泣くんだ」という漫画が大好きで、切なくて、自分の恋がうまくいかない時にあのおねえちゃんの涙を思い出した。

一人暮らしを始めたまるちゃんがトイレットペーパーを用意していなくて自分のトイレ一番乗りができずに悔しがっていたから、わたしは大学の寮を出て初めての一人暮らしを始める際、寮からトイレットペーパーを1ロール拝借していった。まるちゃんの失敗を見ていたから何はなくともトイレットペーパーだろうとずっと思っていたのだ。そういうところは年上の従姉妹みたいだった。

ノストラダムスはまるちゃんで知った。 親や学校に教えてもらったことのないことをまるちゃんからいくつも聞いた。そういうところも友達って感じだ。わたしの地元は夏休みが短く、8月も20日を過ぎた辺りで二学期が始まるが、8月31日に家族総出で手伝わせ泣きながら宿題を片付けるまるちゃんを見て「まるちゃんの住んでいる静岡というところは夏休みが長いんだなぁ」と思った。遠いところに住んでいる文通相手のような気持ちもあった。陣痛中、ずっと人間メトロノームと化してくれた夫は静岡の男だ。義実家や夫から新茶の話や防災の話を聞くたびに「ちびまる子ちゃんで見たまんまだ!」と笑った。あの頃は遠い文通相手の住んでいる場所でしかなかったところが、わたしのもう1つの故郷になった。

まるちゃんはわたしのお友達だった。

会わなくなっても事あるごとに思い出して笑う、小学校時代のクラスメートみたいだった。

多分、実際に同じ学年だったら、わたしはまるちゃんみたいなひょうきんで明るくて男子と対等にやり合いでも男女ともに友達の多い女の子とお友達にはなれなかったと思う。でもまるちゃんは「ちびまる子ちゃん」という漫画の中にいてくれたから、わたしはお友達になれた。

「そういうふうにできている」でまるちゃんは、産まれてきた赤ちゃんを「この世界への転校生」と言っていた。親は転校生を新しい世界で出迎える人で、右も左も分からない転校生へ親切にするのは当たり前、そう言っていた。子供の名前を公表しない理由も、子供を別個の存在として尊重しているところがあの時代のわたしには衝撃で、娘を産んでからは特に何度もまるちゃんのスタンスを思い出していた。

 

まるちゃん、わたし、女の子のおかーちゃんになったよ。

あなたは娘のお友達にもなってくれるんだろうって、疑ったことがなかったよ。

さみしい、さみしいよ、まるちゃん。

 

ご冥福をお祈りします。

 

ちびまる子ちゃん (1) (りぼんマスコットコミックス (413))

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そういうふうにできている (新潮文庫)

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外でギャン泣きする娘にテンパるおかーちゃんの心理とは

最近美容室を変えた。

専属の保育士が常駐しており、施術を受けている間託児がお願いできる美容室に通っている。

産後しばらくは夫に娘を預けられる週末に時間を作って行っていた。それはそれで気分転換になってよかったのだが、先月、週末に予定が立て込んで夫に預けるタイミングがなく、かつ予定のためにどうしても美容室に行きたい時があった。平日に行くしかないが、登録してあるファミリーサポートに預けるのは通院などの時にしたい。そう、おかーちゃんとは美容室に行くときでさえ予定の調整や託児が必要な生き物。託児。たくじ……。

「美容室行くのにファミサポさんにはわざわざ預けないよ~子供と一緒に行ける美容室があってね~」 

友人のオタクおかーちゃんがそう言っていた。わたしはその話を聞いたとき、ベビーカーに乗せた赤子を横付けさせて施術を受け、有事の際には赤子の面倒を見るものだと思った。だがよく考えれば「託児」というサービスはある。よくよく考えれば、美容室にも「託児」があるところはある。あると思う。多分。都会だけのサービスではないと思う。友人のオタクおかーちゃんが暮らしているのは地方だ。

「この辺にキッズルーム付き美容室はあるだろうか、あるならばそれはどんなものだろうか……」

この土地に転勤で移り住んで4年、特に土地で友達を作らず、各地方に散っているオタク友達とインターネットでばかり遊んできたおかーちゃんには地元の情報を教えてくれる人もいないが、おかーちゃんはオタクなのでインターネットと検索は大得意である。さくさくと調べ、即日予約ができるところに当たりを付け、電話で問い合わせ、翌日に娘ごと飛び込んだ。このご時世、火急の電話で料金とサービスを問い合わせるなんて印刷所かキッズルーム付き美容室ぐらいだ。

そして以来、産後メンテナンスの行き届いていなかった髪の毛をなんとかするべく、そのキッズルーム付き美容室に通っている。ヘッドスパ、縮毛矯正と続き、次回はようやくカラーである。産後、抜ける抜けると言われた髪はほぼ抜けずに量が多いままだが、猛烈な修羅場の果ての脱稿後以上に白髪が増えたので、こいつをなんとかチャラついた髪色で染め上げねばならん。何故チャラついた色限定なのかと言うと、おかーちゃんは魂がヤンキーなので舐められるわけにはいかないと思っているからだ。

 

前置きが長いのは文章下手の典型。起承転結の起を丸々削除するとその小説は途端によくなる、といつだかtwitterで見たがまさしくそうだろう、ここまでが大変長い前置きであった。

「おかーちゃんはキッズルーム付き美容室に通って、毎回娘を保育士さんに預けているのだが」

これが導入の要約だ。さあ本題に行こう。

 

前回、3時間強の長めの施術をお願いした。つまり長めに娘をお預けした。6カ月の娘なので、授乳間隔的にはギリギリの長さだ(なお通っている美容室は母乳の場合、施術途中の授乳が可能で、うちのようにミルクだと調乳・授乳をしてくれる)。最近娘は授乳間隔が開いており4時間弱といったところ。「出かけに授乳してきたので多分大丈夫だろうけど、ぐずったらミルクあげてください」そう申し送りをした、それぐらいの託児時間だ。キッズルームには他に男の子が2人、ビギナーおかーちゃんにはやはり月齢は分からないが、娘よりは大きいだろう2歳未満ぐらいの子たちがいた。

そして娘はギャン泣きした。

施術開始2時間ぐらいの時だったか。外面のよい娘だが、眠かったのかなんなのか、とにかく泣いている声が聞こえた。キッズルームは施術台の背面にあり、ガラス張りなのだがわたしの席からは様子が見えない。が、不思議なもので自分の子の泣いている声は聞き分けられる。娘と、娘ではない子の泣き声が聞こえる。これは余所の子につられたパターンか。まあ分からない。だが泣いている。

めちゃくちゃ落ち着かない。

「あ~泣いてますねえ、さっきまでご機嫌で遊んでたんですけどねえ~」

ちょいちょいキッズルームの様子を見ては報告してくれていた美容師さんが苦笑いでそう言った。

も、めっちゃくちゃ、落ち着かない。

 

美容室のケープを着て、施術台に座り、あるいはシャンプー台で横になりながら、身動きの取れないわたしは、この落ち着かないの正体について考えた。それは

「我が子が泣いている、落ち着かない、泣き止ませなきゃ」

だったのだが、もっと正確に言うと、

「我が子が泣いている、泣き止ませろと世界が言っている気がして落ち着かない、おかーちゃんは施術なんて仕事でもない自分のことをしてないで泣き止ませなきゃ、無料の託児なんだから特に」

なのであった。

 

うーん呪いだな、と、しみじみ思った。それが呪いだと理解しているのに、しっかり呪われているな、と思った。もちろん心配する気持ちはあるのだけど、それとは違うところに強迫観念がある。それが呪いだな~と、「このメンソールシャンプー、ちょっとやさしめと強烈なのとあるんですけどどっちがいいですか?」「折角なので強烈な方で」というやり取りの末の激烈爽快シャンプーで洗われているときに、スースーと思った。気持ちがよかった。

そのおかげでおかーちゃんは分かったのだ。

「泣いていようが笑っていようが、娘そのものを預けるサービス」

これが理解できた。腑に落ちたと言ってもいい。美容室の人は誰もおかーちゃんに泣いている娘をなんとかしろとは責めないし、「泣き止ませられないんでやっぱりここはおかーちゃんお願いします」と娘を連れて来たりもしない。ベビーカーに乗せた赤子を横付けさせて施術を受け、要事の際には赤子の面倒を見なくていい。そういうサービスで料金で経営なのだというスタンスだと理解できた。

おかーちゃんが呪われているほど、世界はおかーちゃんを責めてはいないんだろう。

 

まあ責める人もいるんだろうけど、ラッキーなことに、わたしは今のところ出くわしたことはない。やはりヤンキーの魂の命じるまま、チャラついた髪色でオラついているのがいいのかもしれない。

でも産前の自分の声は、見えない世界が責める声の一端になっている気はする。産前、妊娠前、子供が好きではなく、子供が苦手で、外で泣いている子供がいたら顔を曇らせていた少し前までの自分の声が、おかーちゃんになった自分を責めているのは皮肉だし、知らなかった自分を責めるのは不毛だ。今は外で子供が泣いていても「まあ元気な子」と感心し、保護者の方には「ご苦労様です」と声をかけるぐらいには変わったので、外でギャン泣きした娘を抱えた自分にも「まあまあそうテンパるなよ」と言ってやろうと思う。

ありがたくも娘、今のところは外ではあんまり泣かないんだが。

 

そう、外面がよく、他人には愛想を振りまきまくりご機嫌MAXの娘、無事3時間強の施術を終えて迎えに行ったら、他の子は昼寝をしている中で1人起きたため、1人で保育士さんを独占し、大変なご機嫌ぶりであった。

思えば娘には兄弟がなく、年の近い友人もなく、常におかーちゃんとマンツーマン、週末はおとーちゃんおかーちゃんの2人がかりで構われ、帰省すればじじばば叔母にかわいいかわいいと褒められ、ファミリーサポートに預けてもご夫婦でやられているので2人がかりで遊んでもらい……と、オールウェイズフルタイムお世話してくれる大人独占、いつでもどこでもわたしが一番、第一子長女両家初孫の権力を振りかざしてブイブイ言わせている女なので、誰かと大人を取り合った経験がほぼない。キッズルームで他の男の子2人と保育士さんを取り合ったんだろう経験はなるほど「ああ……だからさっき外なのにギャン泣きしてたんでしょ君……」とおかーちゃんに思わせるのに充分だった。

そんな構われ富豪の娘、おかーちゃんとお盆休みのおとーちゃん、義実家のじじばば叔母に構われまくった超絶スペシャルお得デイズは本日めでたく終了、明日から一週間ぶりにおかーちゃんとマンツーマンの日々が始まる。多分荒れるんだろうな……と今から遠い目になる。

彼女の魂もまた、きっとヤンキーに違いないので。

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いい夏休みだったよ。

 

 

オタクおかーちゃんの育休メシ事情

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産後半年おかーちゃん、半年にしてようやく育休中の食生活のルーティンが固まった。

 

  • 朝:最強メシ(後述)、味噌汁、ゆで卵、納豆、海藻
  • 昼:プロテイン+牛乳+難消化性デキストリン
  • 夜:晩酌
  • 補食:無塩ナッツ、梅干し
  • 水分:水+BCAA+クエン酸1リットル、ブラックコーヒー500ミリ、麦茶500ミリ、アイスティー300ミリ

 

朝昼は固定、夜は日によってメニューが異なるが炭水化物なし・高タンパク・低脂質・低糖質が基本。色々と試し、自分が一番ストレスなく楽に続けられる献立がようやく見つかった。

なお、夫と一緒に食べるのは週末を除けば夜のみだ。彼は朝昼は自分で作ったおにぎりを食べるためわたしはノータッチだ。

 

固定メニューは選択のエネルギーを削減できる

朝食を固定にすることにより「献立考案」「買い物計画」「冷蔵庫の在庫管理」から解放された。生協で毎週卵と納豆ともずく酢を買う、届いた卵1パックをゆで卵にし、調味液につける(基本はめんつゆかポン酢)、最強メシは3合炊き80グラムずつ小分けして冷凍する(次回からは50グラムずつでもいいかもしれない)。ここまでを完全ルーティンにしたことで、かなり楽になった。例外的に味噌汁だけはほぼ毎朝作る。土井善晴先生の一汁一菜のススメが好きなのだ。野菜たくさん、特にキノコ多目の味噌汁で、大抵多くできるので、残ったものはスクリュージップロックに1食分ずつ分けて保存し、夜や翌朝に食べる。面倒なときはインスタント味噌汁にがごめ昆布やおぼろ昆布を足して食べる。

固定メニューのメリットは、選択エネルギーの節約のほかに「毎朝同じ物を食べることで体調の変化に気付きやすくなる」ということがある。これを本で読んだ時、なるほどと唸り、朝の献立もその本にほぼ習って決めた。卵料理だけ、目玉焼きからゆで卵に変えたぐらいだ。ゆで卵の方が好きなのと、作り置きしておけるからである。

 

置き換え食は育休中こそやりやすい

おかーちゃんは豪胆だが結構気にしいなので、人目のあるところでの置き換えはちょっとやりたくない。夫の前でもあんまり見せたくない。だが育休中の昼飯は娘がいるだけだし、「プロテインを牛乳に溶かす」なんて手間いらずメニューは最適であった。大きめのグラスに牛乳200、プロテイン難消化性デキストリンを入れ、無印良品の小さな泡立器(早く買っておけばよかった、いい仕事をする)でかき混ぜるだけ。汚れ物はグラスと小さな泡立器の2つだけ。簡単だし楽だし美味いし、糖質ほぼゼロだっていうのに甘い。信じられない。気になる腹持ちだが、結構大食いのわたしでも置き換え可能なので、妙齢の女性ならある程度は可能なんじゃないだろうか。

 

居酒屋メニューは高タンパク低脂質低糖質メニューが多い

妊娠糖尿病に苦しめられていた頃、ランチ外食はほぼ不可能だったが、夜は居酒屋に行けば大抵なんとかなった。出産後、糖質制限が解除されたとはいえ、未来の糖尿病のリスクは妊娠糖尿病にならなかった人よりは高いため、今も緩く糖質制限している身には居酒屋メニューはありがたい。また、夫の帰宅が遅く夜ご飯開始が22時頃なこと、彼が持病の関係でキノコ・海藻・こんにゃく・イカタコ貝類・その他詰まりやすいもの・食物繊維などの消化の悪いもの、脂質の高いものは食べられないという結構ハードル高めの制限があることから、高タンパク低脂質+低糖質メニューが我が家の最適解なのだ。最近はほぼ毎晩枝豆を茹でている。うまいし高タンパクだし夏だけの贅沢だし、おやつにもいいし、塩分補給もできるし、えらいよね、枝豆。

なお、母乳ではないため酒は飲めるのだが、娘に何かあったらと思うとあまり毎晩飲むのも……ということと、あとは惰性で毎晩ビールを飲んでいたら当たり前に太ったので、週に2回ぐらい、ビールはやめて焼酎を飲むようにしている。飲まないという選択肢はね、ないです、好きなので。

 

こうして完全に固定してしまうと、ものすごく楽だ。なにせ赤子との生活、小さい判断することがめちゃくちゃ多い。朝シャワーを浴びさせるか否か、肌着は半袖がタンクトップか、そもそも着せるのか、離乳食は何にするか、2回食はいつから始めるか、腹は減っているか減りすぎていないか、ミルクは何ミリ作るか、この汗疹は病院に連れていくべきかどうか、遊びに連れていくべきかそれはどこへだ、寝かしつけは何時から始めたらうまくいくのか……もう、一日中無限に選択がやってくる。そこに「自分の昼ごはんどうしよう……そもそもお腹空いているのか、何が食べたいのかしら、食べたいからってステーキじゃあ昼には高いし娘も連れていけない、娘を連れて行ってまで外食したい?じゃあ家のあるもので……何があるんだっけ……あーうーん食べたいものが特にない……じゃあ安いから菓子パン、で、どの菓子パンにしよう……」って大したことないけど選択がいくつも続く、これをやめられるというのが相当にでかい。本当にエネルギーが節約できる。無駄遣いも減る。そしてダイエットにもなる。ダイエットになり栄養も摂れるメニューを考えたのだ。あー機能的で気持ちがいい!

 

で、このノー選択食生活、原稿修羅場にもいいだろうと思う。修羅場も修羅場、差し迫ってくると脳みその容量がスッカスカになり、熱したアイロンを触って確かめたり、炊飯釜ではなく米びつの受け皿に水を入れたり、3日連続で包丁で指を切ったり、そういうアホみたいなことを延々としてしまうので、やはり残り少ない脳みそはR18小説の「アン♡」と「あん♡」のどっちがエロいかを選択するために残し、食事はルーティン・決まり事でノー選択ノー脳みそイエスあんアン♡で進めるのが機能的!

 

オタクおかーちゃんも、このノー選択食生活で浮いた脳みそを使い、そろそろ同人誌を作ったりすることに着手したいのであった。タイトルは産前から決めていたものがある。古の腐女子なのでタイトル先行なのだ。

タイトルはもうある、中身はまだない。

 

プロテインを溶き、BCAAを溶き、粉ミルクを溶き、一日中粉末を液体に溶かして摂取したりさせたりしてるの、ものすごくコパスの世界って感じがする。

www.bodymake-final.com

 

mayukitchen.com

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大豆と押し麦と玄米、3つを保管する場所はそれなりに取られるが、それが吹っ飛ぶほどすごく美味しい。
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次に炊く時は80グラム→50グラムずつ小包装でよさそうだ。

 

一汁一菜でよいという提案

一汁一菜でよいという提案

 

土井先生は料理する人間に優しい、追い詰めない、というツイートをよく覚えている、その通りだと思う。出汁は煮干し入れてそのまま食べるよ。

わたしのごちそう365-レシピとよぶほどのものでもない-

わたしのごちそう365-レシピとよぶほどのものでもない-

 

朝ごはんの理論をそのまま取り入れているが、レシピ本としても読み物として楽しくて何度も読み返している。

みそ汁はおかずです

みそ汁はおかずです

 

味噌汁作りたくなる、すごく楽しい。なお、我が家の味噌は夫の実家の方にある白味噌(甘くない)をメインに、赤だしを時々お招きしている。

 

結構自由に作って食べてる一人朝ごはん、楽しい。
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まごわやさしいって結局好物ばっかりなのだった。

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時々はブランパンや全粒粉パンも食べる。

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スクリュージップロックは漏れない・レンジ可・円形だからそのまま食べやすい、でとても偉い。

 

hachimoto8.hatenablog.com

毎年ツイッターで話題になるものの聞かず終いだった「夏休み子ども科学電話相談」。今年は家にいるし、子供も産まれたし、聞き逃し放送もやっているし、何よりこのエントリーが素晴らしかったので昨日から聞いてみたのだが、なんか本当に泣けてしまった……。子供の無垢な質問を否定せず、優しく、丁寧に、論理立ての最高峰みたいな美しい回答術で返される先生方の声と、アナウンサーの方の拾い方。こんなにも優しい世界があるのか……とメソメソしてしまっている。子供を生んだから余計思うのだろうか。もう、産んでいなかった自分には戻れないので、出産前・妊娠前にも聞いておきたかったな……としみじみ思った。オタクなので「わたしの推しは絶対小さいとき、ドキドキしながら受話器を握りしめて質問の電話をしていたと思う……」とも思った。絶対絶対絶対絶対に、あの子とあの子とあの子は電話した。舌ったらずに「ありがとうございました」って言った。言ったったら言ったのだ。

褒めて図に乗る子供は、やっぱりいないんだろうなと思う。質問に対し「よく気づいたね」「よく調べたね」と開口一番先生に褒められる電話の向こうの子供たちは、声には聞こえなくても本当に嬉しそうで、その空気に触れるだけで屋久島の杉の木に抱きついたぐらいのすさまじいヒーリング効果がある。まあ屋久島行ったことないんですけど。

 

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ヒーリング効果絶大な箱入り娘。

ハーフおかーちゃん

余暇のほとんどをDMMレンタルで借りた嘘喰い(無料期間に読みきれなかった)を読むことに費やしていたら娘が6カ月に突入した。

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Sはやっぱり必要じゃないか。

 

*体重8.05キロ

*身長67.5センチ

*方向転換:360度自由自在

ずり這い:①成功②飛行機ブーン③尺取り虫 が3:2:1って感じ。

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*後退:ずり這いの成功率上昇に伴いやらなくなったバックオーライ(初期はめっちゃしてた)

*お座り:◯

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f:id:skikt:20180724212610j:imageおっさん感

*離乳食:気まぐれ、食べるときはぺろり

f:id:skikt:20180724212649j:image好きなものだけ膳

*歯:下の前歯が2本

*好き:商品タグ、おかーちゃんのスリッパ

f:id:skikt:20180724213108j:imageずり這い成功の鍵

*嫌い:高速のトンネル

*おとーちゃん:相変わらず塩対応

 

重みが増して機動力が一気に上がった娘と、激務が続き毎日残業の夫、双方の負荷が一気にかかるおかーちゃん、そして激烈な猛暑。

さすがに夫婦ともに限界が訪れたので、3人で義実家に駆け込んだ。衣食住の世話と娘の相手の頭数確保のために、文字通り駆け込んだ。

義実家までの距離は高速で3時間。近すぎず遠くない絶妙な距離だと思う。だって3時間なら一人で運転していける。なおわたしの実家までは飛行機だ。

 

娘の写真は実家、義実家、夫婦がそれぞれアクセスできるよう、Googleフォトにアルバムを作成している。アルバム上限は2000枚、それが生後半年で3つめに突入した。それを、義母がこまめに見てくれているのは知っていた。が、娘に興味ないのだろうか、と思っていた義父もそれなりに見てくれていたらしい。娘に「おじいちゃんだよ~」と言ったら、義父も自ら「おじいちゃんですよ~」と言っていて内心度肝を抜かれた。そういうキャラではないのだ。だが日々の写真が義父に「じいじ」をする覚悟を決めさせてくれていたようだ。いい仕事をした。なお、一番こまめに見て、もっともまめにコメントをくれるのは実父である。彼からは「今日の初孫写真」への感想が毎日LINEに届く。

そして写真とは、基本的に余裕があるときしか撮らない。なので日々平和で暢気な写真ばかりが4000枚以上アップロードされている。

そのため義母に「でもあんたたち、余裕を持って育児していてすごいよね」と言われたときには夫婦で驚愕した。余裕がなくなって駆け込んだのだが、そうか、盲点である。そして助けとは、きちんと声を上げて求めなければ届かないものだな、と痛感したのだった。

かくして声を上げて義実家に求めた助けは、手厚い食事と、広い寝床と、娘の抱っこ要員と、掃除洗濯をしなくていい二日間と、とにかくたくさんの援助を頂くことができた。娘も広い場所で延々と寝返りができ、たくさんの大人が構ってくれ、犬とも触れ合い、はちゃめちゃに楽しそうだった。その上、騒がしい子供が嫌いな義父の膝に抱かれているときはスン、と大人しくし、だが愛想は振りまくという仕事ぶりで、「いやあ本当に大人しい子だ、偉い子だ」と褒められまくって100点満点だった。お盆のプレゼント期待しておくといいよ、と両親で褒めまくったが、果たしてどうかな。来年には従兄弟が産まれる予定なので、娘の初孫フィーバーもそう長くは続かないんじゃないかな。

 

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これは今日まで家族の愛情を一身に受けずっと主役だったのに、ぽっと出の赤子にその座を奪われて吠えまくりの怒り心頭だった義実家のトイプードル♂

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そしてこれは「これで慣れておいて」と義母に買い与えられたヌイグルミ。名を「2号」とした。

黒子のバスケ 9 (ジャンプコミックス)

黒子のバスケ 9 (ジャンプコミックス)

 

「2号」。

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おめでとう娘のバスケ。